75.決着
最初の攻撃を完璧に凌がれてしまっただけでなく、何故かカタリナさんをやる気にさせてしまった。
ふふふ、とカタリナさんは不敵に笑っている。
「あの、カタリナさん? お手柔らかに……」
「何を言いますか。これだけの攻撃を私にしておいて、今更それはないでしょう」
たしかに。
正直、この一撃で決めてやるくらいの攻撃をかましていたので、私から手を抜いてくださいなんて言うのは無理な話であった。
「クロエもマスターたちに良いアピールをできると思って喜んでください」
サンズさんたちが見たら、カタリナさんが実力のうち、どのくらいの力で戦っているのはわかるだろう。そこそこ本気になったカタリナさんと五分五分に戦えていたら、確かにアピールにはなりそうだ。
……あくまで私が渡り合うことができたら、の話だけど!
カタリナさんの剣により強い力が込められたのが鍔迫り合いをしている私の剣から嫌というほど伝わってくる。少しでも力を抜けば押し切られてしまいそうだ。
本当に加減はしてくれないらしい。
もちろん、試験とはいえ試合である以上はカタリナさんからも攻撃を仕掛けてくる。それは理解していた。
けれど、あくまで試験なのでこんなに本気で戦うことになるとは、思ってもいなかった。
「負けるわけにはいきませんね」なんて、試験官が言うセリフではないだろう。
私の最初の攻撃が、カタリナさんにダメージを与えるどころか、カタリナさんの心を熱くさせるという大悪手となってしまっていた。
「…………」
私の頬でたらりと汗がつたう。
このまま至近距離で戦い続けるのは圧倒的に私が不利だ。
この距離では高威力の魔法を放つ前に剣が届いてしまう。剣で戦っても勝てるわけがない以上、カタリナさんの間合いに長居すべきではない。
一旦距離をとるため、私はカタリナさんとの間に小さな爆発を起こす。
カタリナさんが目をしかめたと同時にバックステップで後退した。
いつカタリナが迫ってくるか注意を前方に向けながら、シャルに話しかける。
(シャル)
(む、何かの? 珍しく苦戦しておるようであるが)
(そりゃ苦戦するよ……!)
(かかっ、すまぬすまぬ。して、何じゃ?)
(今私が頭の中で思ってる作戦なんだけど、上手くいける?)
(さぁ?)
(さぁ!?)
妖精から思わぬ返事がきたものだから驚いてしまった。
なんて無責任な。
(さぁってどういうこと!? やっぱりダメかな!?)
(上手くいくかいかぬか、それはお主次第よ。かかっ)
(そ、そういうことか……)
シャルが言いたいのは、自分はちゃんと与えられた仕事をこなす。
しかし、結果が伴うかどうかは私次第ということである。シャルの言う通りだ。手伝ってはもらうけど、実際に動いて実行するのは私なのだ。
「そっちが来ないのなら――」
少しの間、私の様子を観察していたカタリナさん。
剣を構えなおして、
「こっちから行きますよ、クロエッ!」
「——ッ!」
私から仕掛けないと思うや否や、今度はカタリナさんから接近して来る。
鋭い剣の一撃をなんとか受け止めた。しかし、連続して繰り出される攻撃に、私は完全に押し込まれていた。
私は下がりながら、必死にカタリナさんの剣をギリギリのところで受けていく。
このままでは明らかにジリ貧。凌いでいるだけで反撃には転じられない。
「さすがのクロエでも、剣では敵わないと思いますが。やはり魔法を使うべきなのでは?」
「わかって、ますっ!」
そんなことはわかっている。
だけど、魔法を発動させる隙を与えてくれないのだ。無理やり魔法を使ったとしても、私の身体がカタリナさんに真っ二つにされるほうが早いだろう。
それを理解した上で魔法を使ったほうがいいと言ってくるのだから、カタリナさんは随分イジワルな人である。
「はぁッ!」
「うぐっ……!」
カタリナさんが剣を振り下ろす。
受け止めることはできたけど、あまりに重たい一撃に私は思わず片膝を地面についてしまった。
「ここまでですかね」
「……かもしれないですね」
「おや、では諦めますか? とてもじゃないですが、合格にはならないと思いますが」
「たしかに、このままだとそうかもしれないですね!」
歯を食いしばって剣を受け止める私の足元に魔方陣が展開される。
私とカタリナさんが立っている場所は円の中である。
「魔法……!? しかし、両手が使えないのにどのようにして使うつもりですか」
「こうやって……ッ!」
カタリナさんの言う通り、魔法使いは魔法を使うときは手や杖などの棒状のものを使用する。それは単純に魔力の操作や制御がしやすいからだ。
だから、これは私は今までに一度も試したことがないし、見たこともない。
でも、やる。
「とおぅりゃぁぁぁッ!」
残っている力を振り絞ってカタリナさんに対抗しながら、私は右足を振り抜いた。
剣を受け止めながらなので、格好はかなり不細工だけど、魔方陣が輝きだす。
刹那。
カタリナさんを襲うように炎の渦が出現した。
「まさか……足で魔法を撃つなんて……!」
驚嘆しながらも、カタリナさんは炎から逃れるために後退する。
炎はカタリナさんを逃すまいと、まるで龍のように凶暴に迫った。
(シャル、頼むよ!)
(わかっておるわ)
一気に畳み掛ける。
ここしかない。
炎の竜が襲い掛かっているカタリナさんに追い打ちをかけるため、私は距離を縮めようと駆け出す。
たとえ龍がやられてしまっても、その間に私がカタリナさんの首元に剣を突き立てれば私の勝ちだ。
「やはり、あなたはやりますね、クロエ」
少しだけ手間取りつつも、カタリナさんが正確な剣裁きで龍を消し去る。
「ですが、私のほうが早い」
「——ッ!?」
私の予想を遥かに上回る速度でカタリナさんは体勢を整えた。
万全で待ち構え、真っすぐに私へ剣を一閃する。
が――
「なッ!?」
カタリナさんの剣を受けて、私は真っ二つに……ではなく、龍と同じように消え去った。
自身の勝利を確信していたのかカタリナさんの表情が驚きに染まる。、
上手く騙せてよかった。その私は私じゃない。シャルに頼んで作ってもらった炎による私の偽物である。
本物の私はすでにカタリナさんの背後に回り込んでいた。
「これで――!」
私の勝ちだ。
アリエルさんから預かっている剣の刃をカタリナさんの首元へ。もちろん、これは試合と言っても殺し合いではないので、寸止めだ。
カタリナさんの首の近くでピタリと刃を止める。
だけど、同時に私は目を大きくさせた。
「え……」
私の目の前にも剣の切っ先が迫っていたのである。
カタリナさんが瞬時に剣を左手に持ち替え――それも刃が下向きになるように――逆向きに持った剣をノールックで的確に顔へと向けてきたのだ。
あの一瞬でこの判断をして、考えるだけでなく実現してしまうなんて……。
感服以外の言葉がない。
両者に剣の突きつけられたのを見てか、観客席からサンズさんが叫んだ。
「そこまでッ!」