74.クロエVSカタリナ
三日後。
予定通り、闘技場で私のギルドマスター及びアポロンに所属する力があるのかを見極める試験が開催された。
無観客試合ということで、一般客の姿はなし。
それでも、シラユキさん、アリエルさん、ベルさん。加えてアポロンに所属している冒険者や王城の関係者たちが見守っていた。
その闘技場の中央。
円形の広々とした試合会場で、私とカタリナさんは向き合っていた。
「まさか、こんな形でクロエと戦うことになるなんて、思っていもいませんでした」
「……私もです」
「ですが、あなたとはお話もそうですが手合わせも一度してみたかったので楽しみです。前に言った通り、手は抜きませんので」
「それは光栄ですけど……私は少しくらい手加減してほしいです」
「何をおっしゃる」
カタリナさんが小さく笑みを浮かべる。
いや、私は冗談のつもりは一切なく、本気で手加減してもらえるのならしてほしいのだけど……。
「クロエも準備は万全ではありませんか。以前会った時と雰囲気が違う」
「いやぁ、まぁ、それは……」
カタリナさんの指摘は間違っていない。
いつも私はリボンやシュシュなどヘアアクセサリーは身に付けていないけど、シラユキさんに貸してもらったリボンで髪を結っていた。
髪型は、ジャスミンさんと同じポニーテール。気合を入れていると思われても仕方ない。
首からベルさんから預かった、月が描かれたペンダントを下げている。
手にはアリエルさんから借りた、お母さんの形見の剣。
剣はまだしも、リボンとペンダントはオシャレをしているように受け取られかねない。いつもの私が身に付けていないものを試合に身に付けているのも不自然だろう。一歩間違えれば、おふざけである。
だけど、どれも大切なものだ。
四姉妹の想いを身に付けているというか、文字通り背負っているのである。
私とカタリナさんの会話が一旦落ち着くと、今回の試合の審判を務める王城の役人さんが尋ねてくる。
「カタリナ様、クロエ様。準備はよろしいでしょうか」
「私は構いませんよ」
「私もおっけーです」
「では――」
観客席ではシラユキさんたち三人、サンズさんとジャスミンさん。他にもアポロンギルドの面々や王城の関係者が見守っている。
緊張感に満ちた空気の中。
「——はじめ!」
役人の男性が試合の開始を告げた。
「クロエ、お先にどうぞ。今回、私は試験官ですので」
「そうですか……それでは遠慮なく」
気を引き締めて、じっとカタリナさんを見つめる。
剣を抜いたカタリナんさんは、変わらぬ笑みを浮かべているけれど隙は見当たらない。
(シャル)
(うむ)
(最初から、けっこう本気でいいよ。こっちが手を抜く余裕はないと思う)
(かかっ、よかろう。承知した。)
(あ、でもアレはダメだからね。アレは人相手にしちゃダメだから)
(心配せんでもわかっておるわ。我に任せておれ)
カタリナさんの強さをシャルも感じているのか、シャルの感情が高ぶっているのが伝わって来た。
私とシャルの魔力が合わさって、身体を巡る。
右手にアリエルさんの剣を持ち、私は左手をカタリナさんへ向けた。
魔方陣を展開する。
「焔よ! 燃え盛れ!」
手のひらの先で魔方陣が真っ赤に輝き、真紅の炎がカタリナさん目掛けて襲い掛かった。
同時に剣を魔力で強化し、左手で別の魔法を放つ準備をする。
炎で出来た6本の剣が私の身体の周りに浮いているのを確認して、カタリナさんへ畳み掛けるため私自身も駆け出す。
シャルが上機嫌なこともあってか、身体が軽い。
魔法もスムーズに展開できているし、制御もいつも以上に調子が良かった。
「——ッ!」
最初に放った焔に襲われたカタリナさんだけど、一振りでかき消されてしまった。
さすがはナンバー2。出鱈目といいたくなる。
だけど、カタリナさんに刹那も余裕を与えないよう、私は魔法で生み出した炎の剣で攻撃を放った。真っすぐに刃がカタリナさんへ襲い掛かる。
しかし、これもカタリナさんに一撃を与えるどころか、隙らしい隙を作ることはできない。
それでも構わない。
その魔法たちは本命ではないのだ。
私は6本の刃を相手にしているカタリナさんへ間髪入れず、魔力で強化しまくった剣を振り下ろす。
「やぁぁッ!」
「——ッ」
だが、受け止められてしまった。
鍔迫り合いのような形になる。
こちらは魔力による強化を何重にもしているというのにびくともしない。普通に剣で戦っていたら、間違いなく瞬殺されていたと確信することができた。
「——さすが、焔の魔法使いですね……」
「それほどでも」
「いえいえ、まさか剣で攻撃して来るとは思っていませんでした」
と感心したようにいうカタリナさん。
だけど、あれだけ魔法を受けておいてダメージは見たところゼロ。顔に焔による煤が付着しているくらいである。
剣一本で完璧に凌がれていた。
やっぱり簡単にはいかないな……。
次の一手を必死に考える私。その一方で、カタリナさんは僅かに声の調子を弾ませた。少なくとも私にはそう聞こえた。
「しかし、そうとなれば私は剣士。負けるわけにはいきませんね」