72.羨ましかったんです
アポロンからお屋敷に戻って。
私はすぐにジャスミンさんを除く三人の姉妹に、さっきあったことを報告した。
シラユキさんがアリエルさんとベルさんにちゃんと説明をしてくれていたようで、三人ともが素直に私の話を聞いてくれたわけだけど。
「はぁ!? カタリナと試合をするだぁ!?」
私とカタリナさんが試合をすることになったと聞いて、アリエルさんが目の玉が飛び出るのではってほどの勢いで驚いた。
ベルさんも声に出してはいないけど、顔を見ればその驚きっぷりがすぐにわかる。
「おい、シラユキ! そんな話聞いてねぇぞ!?」
「待ってくれアリエル……ボクだって初耳だ」
「は?」
アリエルさんが睨みつけていた視線の先を、シラユキさんから私へと移す。
「どういうことだよ」
「えっと、なんか成り行きで……」
「はぁ!?」
実際にそうなのだから、そうとしか言えない。
私は普通に試験を受けるつもりだったけど、サンズさんから提案してくれたのだ。カタリナさんと試合をするという試験の内容は厳しいけど、ファミリア設立後のことを考えたら断然、そちらのほうがいい。
普通に創設されたファミリアと、カタリナさんとの試験を合格してできたファミリア。
どちらのほうが一目置いてもらえるか、信用してもらえるか。
そんなのは誰でもわかることだ。
「クロエ、それは大丈夫なのかい?」
「心配しないでください、シラユキ様」
「そうかい……? まぁ、クロエがそう言うのなら、ボクが余計なことを言わないほうがいいのかもしれないけど……」
腑に落ちない、といった顔で渋々とシラユキさんは引き下がってくれる。
長女だから察してくれるというか、慮ってくれる。
元々ギルドを抜けようと思っていたから、ダメ元の試合と思っているのかもしれない。
だけど、次女は大人しくはしてくれない。
未だに眉間に皺を寄せて、「おい」と睨んでくる。
「お前、その試験でカタリナに勝てるのかよ」
「やってみないと分かりませんが……正直、かなり厳しいです。本当にかなり」
「どうすんだよ! 勝たねぇとダメなんだろ!?」
「いえ、勝つ必要はないです」
「ああん?」
「あくまでも試験はマスターとして、そして私がアポロンの冒険者として相応しい実力があるのかを見るものですから」
とはいえ、ほぼアリエルさんが言うように勝つようなものだ。
瞬殺されてしまえば間違いなくファミリア創設は認められない。
いい試合をすれば、なんて甘い考えではなくて、勝つつもりで――それこそモンスターと戦う時くらいの「生きるか死ぬか」そのつもりで戦うべきだろう。
「でも……く、クロエ……」
「ベルさん」
「カタリナ、めちゃくちゃ強い……よ?」
「それはわかってます」
「勝たなくてもよくても……それでも……」
「大丈夫ですってベルさん。こう見えても、私もそこそこ強いんですから!」
「う、うん……」
浮かない顔をベルさんに微笑みかけるも、その曇りは晴れない。
やっぱりこの三人はカタリナさんの幼い時から強さを知っているから、この試合が厳しいものだと心からわかっているのだろう。
まぁ、この三人でなくとも、カタリナさんと試合をしたい人はそうそういないと思う。
私も、こういうやむを得ない場合や、何かの大会で対戦することになる以外で――例えば、揉めて決闘とか――なら、絶対に避けた。
普通に嫌でしょ……アポロンのナンバー2と戦うとか。
「……どうしてお前が、関係のないお前がオレたちのためにそこまでしてくれんだよ」
ポツリ、と視線を俯けていたアリエルさんが私に問う。
シラユキさんとベルさんも同じ思いがあったのか、私に視線を注いだ。
「そうですね……」
四姉妹の先生だからっていうのは、もちろんある。
指導役として雇われていて、その姉妹からジャスミンさんと一緒にいたいと言われたから手伝った。それも間違いじゃない。
だけど、それ以上に。
「羨ましかったんです」
「羨ましい……?」
「ベルたちが……?」
「どういうことだい、クロエ?」
首をかしげたシラユキさんへゆっくりと目を向ける。
「ボク?」
「はい」
次いで私は視線をアリエルさんへ。
「あ? オレも?」
「はい」
うなずいて、ベルさんへも。
「べ、ベルも……?」
「はい」
そして。
「ジャスミン様もです」
短く息を吐いて、私は三人に話す。
「シラユキ様には話したことがありますけど、私もギルドを追放されてるんです」
シラユキさんは表情はそのまま。
アリエルさんとベルさんは少し驚いてくれたのか、目を大きくさせた。
「私にはジャスミン様にとってのシラユキ様やアリエル様、ベル様のように、一緒に辞めようとしてくれる人なんていませんでした。それって、すごいことだと思います。普通、できません」
「ボクたちは姉妹だから、当たり前だよ」
その当たり前が凄いのだ。
当たり前のように決断ができる。その関係性がある人を持っている人間は、どのくらいいるだろうか。
シャルは別として、少なくとも私にはいなかった。
「もちろん、姉妹って言うのはあるかもしれません。でも、やっぱり羨ましくて、一生ものもだと思います。大切にしてほしい。三人のジャスミン様への気持ちを感じて、私も一人もかけることなく、これから先も四人でいてほしいって、思いました」
私は四人の指導役を引き受けたのだ。
四人で一人前の冒険者になってもらいたい。
そのために、私は指導役として私にできることをする。
「だから、四姉妹の指導役である私を信じてくれませんか?」
問いかけると、三人は少しだけ言葉が出ないのか、黙っていた。
それでも、長女から静かに微笑んで答えてくれる。
「あぁ、もちろん。ずっと前からボクはクロエを信じてるよ」
「けっ、負けたら許さねぇからな」
「べ、ベル、応援してるから……がんばって!」