67.ジャスミンのところへ
シラユキさんたちをアポロンから抜けさせず、なおかつジャスミンさんと一緒にいる方法。
上手くいく確証はないけど、私の思い付きを聞いたシラユキさんは、一旦ギルドを抜けることを考え直してくれた。
今はまだ起きていないけど、アリエルさんは勢いだけで今日にもギルドを抜ける手続きをする! なんて言いかねないので、今日一日は待ってもらえるようシラユキさんに説明をお願いして、私はアポロンへ向かった。
勝算は高くないかもしれない。
けど、受け入れてくれたら誰にとってもこれが一番いいと思う。四姉妹はもちろん、サンズさんにとっても。私が大変なことになりそうだけど、四姉妹の指導役を請け負ったときから大変なのだ。この際、多少仕事が増えるのは誤差の範囲というものである。
そのために、まずジャスミンさんの本音を聞こうと私はアポロンへとやって来た。
カタリナさんが対応に当たってくれたので、ジャスミンさんとお話をしたいと伝える。
しかし。
「——ダメです」
私の話を聞いたカタリナさんは、悩むそぶりを見せることもなくそう言ったのだった。
「そんな、ちょっとでいいんです」
「現在、誰であろうとジャスミンお嬢様との面会は認められておりません。いくら指導役、いえ、ジャスミンお嬢様に限っては元指導役ですか。であろうとも特例は認められません」
「いいえ、まだ指導役です」
「……どちらでも構いませんが、とにかくお帰り下さい」
「そこを何とかお願いします」
「しつこいですよ。あなた、自分が謹慎中だということをお忘れですか?」
「一つだけ確認がしたいんです。それが終われば帰りますから」
「確認したいこと、ですか……?」
「はい」
「今更何を確認するって言うんです。何があろうともジャスミンお嬢様の追放が取り消されるようなことには」
「わかってます」
うなずいた私に、カタリナさんが眉をひそめる。
「クロエ、あなた一体何を考えて……?」
「——カタリナ、いったい何の騒ぎだ」
背後から声をかけられたので振り返る。そこにいたのはサンズさんだった。
ギルドのナンバー2であるカタリナさんが話し込んでいたから、気になったのかもしれない。
私を見て、サンズさんは目を大きくさせた。
「おや、クロエ君じゃないか」
「お邪魔しています」
「いやいや、構わない。まさか依頼を受けに来たわけでもあるまい?」
「あはは、もちろんです」
謹慎中の条件として、私たちは依頼を受けることと王都から出ることが許されていない。
というか、仮に謹慎中でなくともアポロンのメンバーでない私はここで依頼を受けられないだろうけど。
「クロエ君一人かい? シラユキたちの姿がないけれど」
「はい。今は私だけで、お嬢様たちはお屋敷に」
「そうかそうか。では君は何の用事かな?」
私が答えるよりも早く、カタリナさんがサンズさんの隣に移動して報告する。
「ジャスミンお嬢様に会わせてくれと」
「なるほどね。ジャスミンと」
「はい。一つ確認したいことがあるんです」
「ふむ……」
カタリナさんと同じで、サンズさんも私が何を確認するのか、ということを疑問に思っているようだった。
「まぁ、優秀な君のことだ。何を考えているのかは知らないけど、まさかジャスミンを連れ去って娘たちと逃亡……なんてことではないんだろう?」
「も、もちろんですよ……」
そんなアポロンに喧嘩を売るような真似はしたくない。
私一人なら国外にでも逃げればいいかもしれないけど、今回はそうもいかない。四姉妹のことを考え得ると、それは得策ではない。バカのやることである。
サンズさんもどうやら冗談だったらしく、私の反応にカラカラと愉快そうに笑った。
「逃亡は冗談としても、娘たちはギルドを辞めるなんて言い出したんじゃないかな?」
「え」
「おや、違った?」
「いえ、サンズさんの言う通りです。だから、びっくりして……」
「これでも父親だからね。けど、ここには君一人ということは、止めてくれたんだろう?」
「はい。シラユキさんに今日だけは待ってほしいと。それでアリエルさんとベルさんを説得してもらってます」
いくら短気で怒りっぽいアリエルさんでも、長女のシラユキさんが説得すれば聞いてくれるだろう。
……前にアリエルさんがシラユキさんに、私と同じように(さすがに私への当たりの方が辛いけど)口悪く接していたことを思い出した。
でもでも。
シラユキさんを信じよう。アリエルさんだって、ギルドを抜けずにすむなら、そちらの方がいいはずだ。
「クロエ君。君には本当に、バカな娘たちのせいで苦労をかけるね」
「いえ、指導役ですので」
「ふむ……シラユキも協力しているということは、やはり何かあるみたいだが……」
怪訝そうにサンズさんが私をじっと見る。
私は連れ去るなど悪いことをするわけではないので、逃げずに見つめ返す。
数秒ののち、サンズさんが表情を柔らげた。
「いいよ、少しだけジャスミンとの時間をあげよう」
「ッ! いいんですか!?」
「あぁ、構わない」
しかし、サンズさんの隣にいるカタリナさんが「なっ!?」と驚愕の色を顔に浮かべる。
「マスター!」
「落ち着きなさい、カタリナ」
「も、申し訳ありません……」
「シラユキやベル、特にアリエルなんかはギャーギャーうるさくするだろうけど、君の場合は大丈夫だろう。本当に確認するだけなんだろう?」
「約束します」
「ただし、私とカタリナも同席させてもらうよ。それでもいいかい?」
「もちろんです。むしろそちらのほうが私はありがたいです」
「では案内しよう。カタリナもいいね?」
「マスターが言うのであれば」
ジャスミンさんの追放が言い渡されたギルドマスターの部屋を通り過ぎて、一番奥の部屋の前へと連れてこられた。
カタリナさんが扉を開け、サンズさんに続いて私も部屋の中に入る。
部屋のなかでは、ジャスミンさんが準備運動をするように身体を動かしていた。肩を回したり、足の腱を伸ばしたりと、相変わらずの落ち着きのなさである。
さすがに部屋の中で走り回るなんてことはしていなかったみたいだけど、少し安心した。
こちらを振り向いたジャスミンさんは、私の顔を見つけると驚きで目を見開いた。
「く、クロエ……? どうして……」
私は一歩前に、ジャスミンさんに近づいて告げる。
「ジャスミン様の本当の気持ちを聞きに来ました」