64.長女のお願い
夕飯を食べた後、私はお風呂に行って自分の部屋で新しい魔法書を読んでいた。
だけどイマイチ内容が頭に入ってこないっていうか、集中力がない。
「……はぁ」
ため息を吐いて、本を閉じる。
ジャスミンさんのことだってもちろんだけど、その影響で三人が今後どうなるかということも心配だった。
四姉妹はお母さんが亡くなったことがきっかけで魔法を嫌うようになり、学ぶことも使うこともしなくなったという。今回の一件も、そうなってしまう可能性は十分にある気がした。
この騒動の前、ベルさんには魔法書について教えてほしいと言われていた。だけど、騒動の聴取や調査が長引いて、結局何も教えられないまま4日ほど経過してしまっている。
このまま流れてしまって、なかったことになるかもしれない。
だけど、少なくとも明日や明後日では、勉強なんてできる精神状態ではないと思う。
それは朝稽古をしているアリエルさんだって同じだ。
少なくとも謹慎が明けるまでは、私から誘うようなことはしないほうがいいだろう。
何もできないには自分が腹立たしいけど、私は以前、お母さんについて不用意に触れてしまった前科がある。今回は姉妹であるジャスミンさんのことなのだから、余計なことはしないほうがいい。
私にできるのは稽古や勉強をしたいと言われたときに応じれるように準備しておくことくらいか。今はただ見守って、アポロンや王城に乗り込もうとしたら止める。私に何か頼ってくれたなら、協力する。そんなところだろう。
……私には兄弟姉妹はいないから、シラユキさんたちの気持ちは想像することしかできない。
以前のギルドでよくパーティーを組んでいた仲のいい冒険者が脱退したことはあったけど、それは追放ではなく別のやりたいことのためにギルドを抜けたのだった。だから今とは状況がまるで違う。
言葉には出していなかったけど、ティナさんだって聴取を受けたのなら何があったかは聞いているはずだ。少なからず思うところもあるだろう。
私は冷静でいつも通りを努めないと。もし、私にできることがあって頼られたとき、答えてあげられるようにしたい。
明日からに備えて、私は少し早いけど就寝することにした。
次の日の朝。
あんなことがあっても、世界は変わることなく今日が訪れる。
ダイニングへ行くと、シラユキさんが一人で朝食を食べていた。長くこの時間に起きているから、習慣になっているのだろう。
「おはようございます、シラユキ様」
「おはよう、クロエ」
二人なのに隣同士に並ぶのはおかしいかな? と思ったけど、シラユキさんの正面の席にはいつもジャスミンさんが座っていた。なので、今まで通り私はシラユキさんの隣に腰を下ろす。
「…………」
「…………」
一夜明けても、やっぱり空気は重たい。
さすがのシラユキさんでも冗談を言って明るく振舞えないほど、気分は落ち込んでいるのだ。
声をかけるか悩んでいると、
「クロエ」
「は、はいっ!」
「実は昨日、三人であのあと話をしたんだ」
「そう、だったんですか……?」
あのあと、というのは夕飯のあとだろう。
私はお風呂に行った後、ずっと一人で部屋にいたのでそのときか、早く寝たから夜遅くに。
「ボクたちのこと、ジャスミンのこと、これからのこと。話しておくべきだと思ったんだ」
私は静かにうなずいて、先を促す。
「やっぱりボクは、今回のことはボクが悪いと思ったよ」
「いや、誰が悪いだなんてことは」
「……アリエルもジャスミンも自分も悪いと言ってくれたけど、やっぱりボクのせいだよ。ジャスミンがボクを頼ってくれていたら、こんなことにはならなかったかもしれない」
「それを言ったら私だって」
「はは、クロエは優しいね。でも結局、ジャスミンが頼ったのはクロエだったじゃないか」
「それは……」
たしかにそうかもしれないけど、あれはジャスミンさんの周りに地竜を倒せるような冒険者が私しかいなかったから、消去法だと思う。お父さんやアポロンに頼りたくなかった以上、私しかいなかったのだ。
それにそれ以前に相談してくれていたら騒動は起きていなかった、ということについては私だって同じである。
「ごめんね。責めているわけじゃないんだ。むしろクロエには迷惑をかけてしまって申し訳ないと思っている」
「迷惑だなんて、私はそんなこと思っていません」
「そっか……そうだったら嬉しいんだけど……」
そう言って、シラユキさんは口元をナプキンで拭った。
身体を私へ向けて、じっと見つめられる。
「シラユキ様?」
「クロエ、ごめんね。また君の優しさに甘えることになるんだけど……」
俯き加減でシラユキさんは言い、深く頭を下げた。
「クロエにお願いしたいことがあるんだ」