59.クロエと呼び出し
「本日のところはこのくらいにしておきましょう」
窓の外から差し込んでくる夕日が完全に落ちてしまったのを見て、ブリジットさんがそう切り出した。
王城から来ている役人の男性も同意する。
アポロンのギルドに来てから、感覚ではかれこれ2,3時間くらいは話をしたのではないだろうか。
今日はお昼からベルさんとメリダのところへ行き、それからこの騒動があったら、随分と時刻は遅くなっていた。
ブリジットさんと役人が明日の予定を確認すると、役人は会釈をして部屋を出ていった。
今日は暗くなってしまったのでできないが、明日は現場である森へ行くことになっていた。
地竜がどこで、どうのようにして育てられていたのか。他にモンスターはいないのか。発見して戦闘になり、倒すまでのいきさつなども現場で検証するらしい。それと、私が魔法で黒焦げにした地竜もまだ森の奥にいるので、それの調査も行われる。
「私も帰っていいんですかね?」
「クロエ様、少しお待ちを」
「はい」
首をかしげていると、ブリジットさんがポケットから銀色の鍵を取り出した。
受け取るけれど、何の鍵なのか見当もつかない。
「これは?」
「今晩からクロエさんに泊まっていただく宿の部屋の鍵になります」
「え、お屋敷に戻っちゃダメなんですか?」
「お屋敷でも、今回の件についてお話を聞いているところなんです」
つまり、地竜を育てていたジャスミンさんや、私と同じで現場にいたアリエルさんだけではなく、姉妹であるシラユキさんとベルさん、使用人であるティナさんにも聴取をしているということか。
「それに明日もクロエ様には同行していただくので、ギルドに近いほうが便利だろうと」
「なるほど」
「あ、別にクロエ様を疑っているというわけではなくてですね……だからその、私も宿へご案内した後は帰りますし……」
「そんなこと思ってませんよ、大丈夫です」
「そうですか……よかった」
とはいうものの、ブリジットさんはともかく四姉妹の父親やカタリナさんには、多少そう言った思惑もあるだろう。私が四姉妹に変な入れ知恵をしたりするかもしれないので、接触できないようにするのは仕方ない。
さすがにアポロンや王城を相手に戦おうなんてことは考えないので、私にできるのは調査への協力と待つことくらいだ。
四姉妹とティナさんのことは心配だけど、あとは王城とギルドの判断を待つとしよう。
それから二日と少しが経過した朝になった。
私への聴取や現場での確認は二日目に終わっていたので、あとはずっと一人で時間を過ごしていた。
依頼へ行くのは控えてほしいと言われたので、基本的にアポロンギルドの図書館で本を読んでいた。私も楽しいし、アポロンの人たちも私のことを見張れるので両者にとってよかったと思う。
だから今日もアポロンギルドへ行こうかなぁ、なんて思いながら朝の支度をしていると、扉がノックされた。
「どうぞ」
「失礼します」
部屋にやって来たのはブリジットさんだった。
「あれ? ブリジットさん、もしかしてまだ私に何かありました?」
「いえ、それは昨日全て終わりました」
「そうでしたか。では、今日は?」
「マスターがお呼びです」
「マスターって? アポロンの?」
「はい」
「てことは、ジャスミン様のお父様ですよね?」
「はい。お話があるからクロエ様をお連れするようにと」
「……わかりました」
正直言って、あまりいい予感はしない。
私は少し重たい足取りで宿からアポロンのギルドへと移動して、ギルドマスターの部屋の前へと案内された。
ブリジットさんが扉をノックする。
「マスター。クロエ様をお連れしました」
「ご苦労」
部屋の中から扉越しに、落ち着いた重厚な低音が返ってきた。
「入って来てくれ」
「失礼します」
扉を開け、中に入る。
部屋の奥には執務机があり、座り心地の良さそうなイスに座っているのは40代の男性だった。
四姉妹の整った容姿は親からしっかり受け継いだものだとわかるような顔立ち。雰囲気はシラユキさんに似ているけど、目元はアリエルさんに似ている。
清潔感のある短い髪は銀色だけど、四姉妹のように明るい色ではなく少し青みがかった暗い色だ。
口元に生やした髭が歳相応の渋さや深みを出し、服の上からでもわかる鍛えられた身体や自信に溢れた瞳、存在そのものがトップギルドのマスターとしての威厳を醸し出していた。
「よく来てくれたね、クロエ君」
部屋の中央にある円卓には6つのイスが設置されており、そのうち4つに四姉妹が着席していた。