57.ギルドからの派遣者
「燃やし尽くせ!」
私の目の前に展開された三つの赤い魔方陣が輝き、刹那にして真紅の炎が地竜に襲い掛かる。
シャルの制御も相まって、地竜は避けることはできず焔に飲み込まれた。
断末魔を上げて燃え尽き、やがて地竜は黒焦げになってピクリとも動かなくなった。
それでも灰にならず形をとどめているのは、子供と言えども竜種の生命力の強さを思い知らされる。
そして、それほどの威力の魔法を放ったにも関わらず、周囲の木々は一本たりとも、葉っぱの一枚も焦げてすらいない。妖精シャルロット様様である。
(シャル、ありがと)
(かかっ、礼など申さずともよい、主よ)
頼もしい妖精にお礼を言って、私は隠れているアリエルさんとジャスミンさんのもとへ移動する。
地竜は倒したので二人をこちらへ呼んでも良かったけど、ジャスミンさんにあの地竜の姿を見せるのはちょっと憚られた。
角度に気をつけながら話しかける。
「ジャスミン様、アリエル様、怪我はありませんか?」
「う、うん。アタシは平気」
「オレも問題ねーよ」
「よかったです」
事態を引き起こした責任を感じているのか、モンスターと言えども大切にしてきた地竜を目の前で死なせてしまったことの悔恨か。そのどちらもか。明白にジャスミンさんは肩を落としていた。
「……えっと、終わったんだよね?」
「はい。ですが、すみません……」
「クロエは気にしないで。元はと言えばアタシが悪いんだから……」
ジャスミンさんが弱々しく、無理に作った笑顔を浮かべる。
「助けてくれて、ありがとう……」
「いえ、アリエル様のおかげですから」
これにて一件落着。と言いたいところだけど、まだ地竜を倒しただけであって、問題はまだ解決していない。
この地竜をどうしようか。
放置、というわけにはいかない。少なくともどこかのギルドへ報告に行くべきだろう。ジャスミンさんが関わっているわけだから、そうするとお父様がマスターをしているアポロンになるだろうか?
いや、待てよ?
そうするとジャスミンさんはどうなる?
ジャスミンさんは何の意図もなく、ただ他の動物たちと同じように地竜のお世話をしていただけだ。けれど、王都でモンスターを飼育していたのは紛れもない事実なのだ。
おそらく、事情聴取程度で解放ということにはならないと思う。何らかの罰が下されるのは間違いない。私や姉妹も何もないとは言い切れない。
でも、今更隠ぺいなんてできない。
これだけ暴れ回った痕跡があるし、それにいくらジャスミンさんたち四姉妹のためとはいっても冒険者としてそんな汚いことはできない。したくない。
と、静かになった森の中で鋭い声が聞こえた。
「そこの三人、動くなッ!」
声に反応して、私たち三人は慌ててそちらへ顔を向ける。
おそらく森の入り口でおばさま方からの依頼を受けたギルドの冒険者たちだろう。やって来た五人は全員、剣士の格好をしていた。
その中心にいる青みがかった黒髪の女性剣士が、私たちへの警戒をあらわにさせ、剣の柄を握りながら口を開く。
「我々はここでモンスターのものとみられる叫び声を聞いたと報告があり――」
女性剣士が私たち三人の顔を順々にそれぞれ見、アリエルさんとジャスミンさんを見たところで言葉を詰まらせた。その表情は驚愕の色に染まる。
「お、お嬢様方!? どうしてここに!?」
女性剣士だけでなく、隣にいる男の剣士たちも同じような反応をしていた。
アリエルさんとジャスミンさんのことをお嬢様……ということは、この人たちはアポロンから派遣された冒険者ということか。
おばさま方、よりにもよってアポロンを選んだのか。いや、うん。一番大手だし、気持ちはわかるけど……。
まさかギルドマスターの娘さんと森の奥深くで出会うとは、夢にも思っていなかっただろう。
混乱していた女性剣士だけど、私の背後を見て「あ!」と声をあげる。
「それは……地竜の!?」
「はい。先ほど私が――」
「ということは、お前が犯人だな!」
「え!? ち、違いますよ!」
「嘘を吐け! 貴様、お嬢様方にまで手を出して、ただで済むと思うなよ!」
とんでもない誤解なんですけど!?
女性剣士が剣を抜いて、今にも私に斬りかかろうとする。と、アリエルさんとジャスミンさんが私を庇うように、私の前に立ってくれた。
「おい、お前! 勝手に決めつけてんじゃねぇ!」
「あ、アリエルお嬢様?」
「あのね、クロエはアタシたちを助けてくれたの。その地竜だって、クロエが」
「ジャスミンお嬢様まで……」
アリエルさんとジャスミンさんが、私の誤解を解いてくれる。
二人が庇ってくれたということもあって、女性剣士――ブリジットさんは自身の早とちりだったことを認めてくれた。
「す、すみませんでした……」
「いえいえ。わかっていただけたのでしたら」
そして、この地竜事件の一部始終を話すと、五人ともが戸惑ったような反応を見せた。それはそうだろう。王都の森でモンスターを飼う(正確にはエサを与えていた)なんて聞いたことがない話だ。それも自分たちが所属しているギルドのマスターの娘が、である。
「ジャスミンお嬢様、それは本当に……」
「うん。アタシが悪いの」
「冗談では」
「ないよ。全部アタシが悪いの」
信じられない、と言った表情のブリジットさん。しかし、アリエル様が何も言わないのも肯定だと捉えたのだろう。
「……わかりました」
と短く答えて、隣にいる男剣士に話しかけた。
「お前は先に戻って、この件をマスターへ伝えておいてくれ」
「はっ」
一人、先に森を後にした剣士の背中を見送って、ブリジットさんが私たちへ言う。
「では、アリエルお嬢様、ジャスミンお嬢様。そしてクロエ様。ご同行を願います」