55.クロエVS地竜
私とジャスミンさんを見下ろして、大きな咆哮をあげる地竜。
いつもの時間に夕飯を食べられてないし、私たちが勝手に寝床へ乗り込んできたのだ。地竜からしたら気分のいいことではないだろう。不機嫌なのも納得だ。
「ジャスミンさんはここにいてください」
「アタシにも何かできないかな」
「気持ちはありがたいですけど、できるだけ離れててください」
「でも……」
「竜種ですから本当に危険なんです。お願いします」
「う、うん……わかった」
大人の地竜の半分ほどの大きさとはいえ、その身体は樹木のように太く硬い鱗でおおわれている。咆哮を上げていた口だって、私が両手を精一杯伸ばした長さよりも大きい。私やジャスミンさんなど、気を緩めれば一口で胃袋行きになってしまうだろう。
いくらジャスミンさんが今まで親代わりに育ててきて愛情があっても、地竜が人に懐くのか私は知らない。少なくとも聞いたことのない話だ。
しかも今は不機嫌でかなりイライラと怒っている様子。
ジャスミンさんに危険が及ばないようにするためにも、避難してもらうのが一番だと思う。
ジャスミンさんは渋々といった感じでうなずいてくれて、来た道を少し戻って行った。
できればもう少し逃げてほしいけど、心配なのかもしれない。
まずは地竜の視界にジャスミンさんが入らないようにしよう。
左手に魔力を集中させて、地竜の意識を私へと向ける。ジャスミンさんから遠ざかるように、私は地竜を中心に円を描いて移動する。
「よーし、よし。こっちへおいで~」
地竜は基本的に火を吹くことはできないから、森が火事になる心配はない。ジャスミンさんに育てられたというイレギュラーはあるけど、さすがにそれで火を吹けるようにはならないだろう。
その分、地竜は他の竜種よりも皮膚が硬くて簡単には攻撃を通してくれない。だから勝負を早く決めるとなると高火力の魔法を撃ちこむしかない。
……それが問題だった。
「シャル、起きてる?」
(起きておるぞ? なんだか楽し気なことになっておるではないか。かかっ)
「笑い事じゃないよ……」
戦うのは私だからって、他人事のように……。
って、そうじゃない。
「シャル。魔法の制御お願いしてもいい?」
(あぁ……そうじゃな。周りが森であるか)
そう、問題は地竜の火ではなく私の魔法による火だった。地竜による火災の心配はなくても、私による火災の心配はしないといけない。周りは木々なので、気をつけないと地竜を倒しても森林が燃えて、王都が火の海に……なんて最悪のシナリオになりかねない。
(よかろう。承った)
「ありがと、シャル。お願いね」
(うむ。そなたは存分に焔を振舞うといいぞ、かかっ)
シャルが引き受けてくれたのなら、もう安心だ。
私だけでは、いくら気を付けていても戦いながらなので、完全に火の魔力を木に近づけないということはできない。私自身がどれだけ気を付けても、引火してしまうものはしてしまうのだ。だって木だもん。
だからといって火力を落とすと、相手を倒せない。それは悪手だ。
なのでこういった場合、私は相手を倒すことに集中し、周りが燃えないように細かな制御をするのはシャルに全て任せることにしたのである。妖精であるシャルなら、完全に魔法、魔力を支配して完璧にこなしてくれる。
「地竜さん、覚悟!」
魔力を込めた左手を地竜へ向ける。
「焔よ! 彼のものを燃やせ!」
刹那。
魔方陣が展開して、地竜が炎に包まれた。それなりに魔力を注いで放ったので、ひとたまりもないと思う。これで気絶でもしてくれたらいいんだけど。
火柱が上がっているので、周りから見えていたら森が燃えているようにしか見えないかもしれない。しかし、そこはしっかりシャルが制御してくれているので、周辺の木々への影響はなかった。
「さっすがシャル!」
(かかっ! 我を誰だと思うておるのじゃ)
正直、このレベルの炎の魔法を森の中、しかも王都が火の海になる可能性もあるのに放てるのは異常だ。やはり妖精の力は凄まじいものだなと改めて思う。
「さてさて。どうなったかな……?」
炎が消えるのを待って地竜を確認する。
声も聞こえなくなっていたし、たぶん勝負あったと思うんだけど。
だけど、そこに地竜の姿はなかった。
「あ、あれ!?」
(クロエ、向こうじゃ!)
シャルに指摘されて、地竜を探す。
鱗が焦げて黒っぽくなった地竜が逃げ出していた。
地竜は基本バカだから強い相手でも構わず向かって来るんだけど、人に育てられた影響なのかこの子は賢いのかも? 身の危険を感じて逃げたほうがいいと判断したのかもしれない。
――いや、違う。
「ジャスミン様!」
地竜はジャスミンさんが隠れている木に向かって一直線に向かっていたのだった。
私は大慌てで魔法を放つために地竜へ狙いを定める。
間に合うか……!?