54.モンスターを探せ
ジャスミンさんと急いで森へ向かう。
その途中では竜種の姿はおろか、壊された建物などは一切見当たらなかったので、まだ街へ被害は出ていないようだった。ひとまずは安心だけど、そうも言っていられないのが現実。今この瞬間にも暴れだしてもおかしくはないのだ。
ジャスミンさんが育てていたってことはまだ子供だとは思う。それでも油断はできない。火を吹ける種類ならとんでもないことになってしまう。
人に育てられた竜種なんて今までに出会ったことがないので強さや生態にどんな影響があるのかは不明だけど、今は何よりも探すことが先決だろう。
森の入口へやって来ると、人だかりができていた。
全員が不安そうな表情で森の奥を覗いている。
ジャスミンさんは森の中はある程度は探したと言っていたけど、やはり竜種はまだ森の中にいるのだろうか。とりあえず、近くにいたおばさまに話を聞く。
「あの、これはどうしたんですか?」
「ん? あんた、もしかして冒険者かい?」
「はい。一応は」
「やっと来てくれたね!」
と周りにいるおばさまたちも含めて、人だかりが安堵に包まれる。
どうやら、どこかのギルドに森の中の調査でも依頼をしていたのかもしれない。
「冒険者さんはこんな中心から外れた場所には興味ないかもしれないけど、この森に小動物が住み着いているのさ」
「存じてます」
「そうかい。なんだけど、うちの息子がとんでもなく大きな化け物みたいなのを見たってんだよ」
「化け物、ですか」
ジャスミンさんと一緒にお世話をしたとき、子供が見て化け物と思うような生き物はいなかった。可愛らしい動物ばかりで、大きなものでも私の腰くらいまでのサイズだったと思う。
「最初はあたしらも嘘を言ってると思ったんだけどね? さっきなんか大きな鳴き声なんかが聞こえてきて」
隣にいた別のおばさまも会話に加わってくれる。
「そうそう。あれは絶対に犬とか鳥じゃないよ。モンスターだモンスター」
「モンスターってアンタ、やめておくれよ」
「そうだよ、ここは王都の街中だよ?」
「でも、今までに聞いたことのない音だって奥から聞こえてきたじゃないか」
不安そうな浮かない顔の住人達。
この森の中で何か異変が起きているのは間違いないだろう。
「ジャスミン様。どうやらまだ森の中にいるみたいですね」
「うん。もしかしたら、夕飯の時間だから戻ってきたのかも」
「なるほど……それで鳴き声を」
ジャスミンさんがお屋敷に戻って聞いたのは、今の時間よりももう少し遅い時刻。
いつもこのくらいの時間に動物たち(一匹モンスター)は夕飯をもらっているから、ジャスミンさんを探しているのかもしれない。
「私たちが中を見てきます」
「いいのかい? そんな若い二人で」
「大丈夫です。さっきも言いましたけど、冒険者ですから」
「あんたたち……無理はするんじゃないよ」
「はい。ご心配ありがとうございます」
おばさまたちにお礼を言って、森へと向かう。
「行きましょう、ジャスミン様」
「う、うん!」
「まずはそのモンスターがいた場所に案内してください。たぶんそこにいると思うので」
「そうだね。わかった」
森の中に入ってすぐ、今までに聞いたことのないような鳴き声、いや咆哮が聞こえてくる。
誰がどう聞いても小動物の可愛らしい鳴き声ではない。獰猛なモンスターのものである。
犬や猫の住処を過ぎて、私は今まで踏み入れたのことがない森の深部へとやって来た。背の高い木々が生い茂り、街の中心にある巨大なギルドの建物も見えはしない。人の声も聞こえてこず、私とジャスミンさんの足音だけが不気味に耳に届いていた。
「ねぇ、クロエ」
草をかきわけ、道なき道に生えている草花を踏んで進んでいると、ジャスミンさんが尋ねてくる。
「はい」
「その、見つけたらどうするの?」
「どうするって、倒しますけど」
モンスターなのだから、それ以外に方法はないだろう。幸いにも現時点では人にも街にも被害は出ていないのだから、早めに倒さないと。
「そっか……そうだよね……」
「ジャスミン様?」
「あはは、ごめんね。モンスターだもんね」
笑みを浮かべるジャスミンさんだけど、その表情はどこか寂しい。
ジャスミンさんは小さいときから育てているわけで、モンスターと言えども子猫のように愛着がわいているのかもしれない。
「ジャスミン様、その竜種――」
「あ、クロエ! この辺りだよ」
ジャスミンさんが足を止める。その場所は、周りは気で囲まれているものの、半径5メートルほどの円状は背丈の低い草花が生えている拓けたところだった。円の中心には日が当たっているので、竜種が自ら住処を作ったのかもしれない。
他の動物よりも身体が大きな竜種が身を隠しつつ住むにはもってこいの場所だった。
しかし。
「……いない、ですね」
辺りを見ると、ところどころ、お腹をすかせた竜種が暴れたのか、土が掘り返されていたり、樹木がなぎ倒されている。
来る途中は出会わなかったし、エサを探しにどこかへ行ってしまったのだろうか?
この荒れた周辺の様子を鑑みると、機嫌は悪そうだ。
「ジャスミン様。他に行きそうな場所ってありますか?」
「うーん……」
ジャスミンさんは頭を悩ませる。
エサを求めて移動をしているのなら、行きそうな場所は限られて来ると思う。
なんて思っていると、土が掘り返されて小さな山のようになっているところが動いた。
「……?」
目を凝らして見る。
大地が動くという今までに経験をしたことのない現象に戸惑いつつも、なんだか嫌な予感がした。
「ジャスミン様、私の後ろに」
「う、うん?」
首をかしげながらジャスミンさんが私の背後に移動する。
刹那。そいつは姿を現した。
大きな体に鋭い牙と爪。背中に羽があるけど、まだ大きくなくて空は飛べそうもない。それでも紛れもなく竜種。それも、性格が凶暴なことで知られる地竜であった。
「グラワァァァァ!」
明らかに犬や猫ではないサイズ、おそらくお屋敷の扉も通れなさそうな大きさの地竜が私たちを見下ろして咆哮をあげた。
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