53.ジャスミンと森の秘密
ベルさんとメリダの本屋へ行った帰り道でアリエルさんと合流して、私たちはお屋敷へと戻ってきた。
遠くへ依頼へ行っていたわけではないので、いつもよりも時間は少し早い。夕飯の時間もまだ先なので、中途半端な時間に帰って来てしまった。
お風呂もまだ入っていないだろう。私が湯船を貯めてもいいけど、いつもよりも早めにお湯を入れるとシラユキさんが帰ってくる頃には冷めてしまっているかもしれない。
ふむ……。
自分の部屋でメリダの店で買った新しい魔法書でも読んでいよう。
「帰ったぞティナー」
「た、ただいま……」
「ただいま戻りました!」
三者三様のあいさつをしながらお屋敷へ入る。
いつもはティナさんが笑顔で奥から顔を出してくれるんだけど、今日は違った。
「ッ! クロエッ!」
ポニーテールを揺らして、ジャスミンさんが慌てた様子でこちらにやって来る。いつも落ち着きがないジャスミンさんだけど、なんだか今日は様子が違う気がする。
落ち着きがないというよりは、不安や焦っているみたいな。
「や、やややっと戻ってきてくれた!」
「ど、どうしましたジャスミン様?」
「待ってたの、ずっと」
「え……? すみません、私、ジャスミン様と何かお約束を?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
私が約束をすっぽかしてしまったわけでないとわかって、一旦安心する。
しかし、ジャスミンさんの表情は相変わらず浮かない。時間に追われて急いているような、そんな様子である。いつも以上に落ち着きがなかった。
「えっと、あのね、クロエ」
「はい」
いつも元気にはきはきと話すジャスミンさんが、これだけ言葉に詰まるのは珍しい。
ジャスミンさんはアリエルさんとベルさんのことを気にしているように横目で見る。
姉妹がいると話しにくい内容、ということだろうか? 特にアリエルさんのことを見る回数が多いので、魔法関係か動物関係かもしれない。おそらくは後者な気がした。
「クロエ、こっち来て」
「え? あ、はい」
ジャスミンさんに腕を引っ張られて、私はお屋敷の庭へと移動した。
強い力でぐいぐい引かれる。
「ジャスミン様、何があったんですか?」
「あのね、都合がいい話だっていうのはアタシもわかってるの」
ぐっとこぶしを握り締めて、ジャスミンさんは決心したように言う。
「アタシに力を貸してほしい」
「それはもちろんです。それで、いったい何が起きたんですか?」
「森にいる動物がいなくなって……」
「全員ですか?」
「ううん。そうじゃなくて一匹」
「一匹? それなら、あまり心配されなくても戻ってくるんじゃ……」
住んでいるところを変えたりしているみたいだし、気分によって住む場所を変えることだってあり得るかもしれない。私には動物の気持ちはわからないけど、そこまで慌てたり心配するようなことではないと思う。
「そうなんだけど、そうじゃなくて」
「……どういうことです?」
「あのね、それが……」
と、ここでジャスミンさんは言葉を止めてしまった。
目を泳がせて、混乱したみたいに「えっと」「えっと」と繰り返している。まるで小さな子供が悪いことをお母さんに正直に話そうとしているけど、言い出せないみたいな。
「……なの」
「すみません、もう一度言ってもらっても」
「その子、モンスターなの」
「え…………」
ジャスミンさんの口から出てきた言葉があまりに予想だにしていないものだったので、一瞬だけ思考が止まってしまった。
モンスター? ジャスミンさんは森の中でモンスターを飼っていたというのか。
「ごめんなさい……アタシのせいで、こんなことに……」
「いえ。それより、それは本当なんですか?」
「うん。間違いないと思う。あんな子、他に見たことないもん」
「そうですか……」
猫や犬たちが段々と入口の方へ住処を移していた理由はこれだったのか。
奥にはモンスターがいたから、それを恐れて逃げてきたのだろう。ジャスミンさんは、私がアリエルさんとの稽古でお屋敷へ戻ってから、そいつのお世話をしていたのか。
「ジャスミンさん、どんなモンスターかわかりますか?」
「名前はちょっと……」
「特徴で覚えていることは?」
「特徴……尻尾が長くて、歯と爪が鋭い。顔はガオーって感じ」
「まさか……竜種……?」
ジャスミンさんは、そのモンスターが森の中から消えたと言っていた。つまり、そいつはいつ街へ出てきてもおかしくない状態ということ。
アレインなどの弱いモンスターならその辺の冒険者が倒してくれて解決だが、それが竜種となれば話は変わる。
何の前触れもなく竜種が現れれば人的な被害は免れない。
加えて、そんなものを飼っていたと知られればジャスミンさんはどうなってしまうか。
王都を壊滅させようと目論んだと言われてしまいかねない。
「ジャスミンさん、すぐに案内してください!」
「う、うん!」