50.メリダのプレゼント
ベルさんとメリダが二人で楽しそうに話を始めて、どのくらい経っただろうか。
物語を読まない私は一人蚊帳の外で魔法書を漁っていた。
自分用の面白そうな魔法書も、将来的に四姉妹の指導のために使えそうな魔法書も、目ぼしいものは選んでしまった。
時間を潰すために、ベルさんみたいに立ち読み(床にべったり座ってたけど)してもいいけど、できればイスに座って読みたい。魔法書を読むときは、自分だけの空間で読みたいのである。
そろそろ話し終わったかな?
でも、まだ話してたとしたら、それを邪魔することになるし……。
悩んでいると、本棚の陰からベルさんがひょこりと顔を出した。可愛い。
「あ、あの……」
「ベル様、どうかしました?」
「う、うん。その、お話終わったから」
わざわざベルさんが呼びに来てくれたらしい。
メリダが来いよメリダが。なんて心の中で毒づいておく。
「わかりました。ありがとうございます」
「ごめんね。長くなっちゃって」
「いえいえ、ベル様が楽しまれていたのでしたら私は構いません」
「……そ、そう?」
「はい」
おかげで数冊、面白そうな魔法書を見つけることもできた。
それらを抱えながら、ベルさんとメリダが待っているカウンターへ向かう。
「クロエ、お待たせしてごめんね。つい盛り上がっちゃって」
「いいよいいよ。盛り上がったんだね」
「それはもうね。ベルちゃん私よりも読んでるみたいだし、感想もまた面白くて。やっぱり人とこういう話ができるのはいいね」
「う、うん……ベルも楽しかった」
メリダの言葉に、ベルさんは少し興奮気味にうなずく。
その表情を見れば、メリダとの談笑が随分と充実したものだったのだな、と一目で理解することができた。やっぱりベルさんとメリダは気が合ったみたいだ。
連れてきてよかったなぁ、と安堵しつつ、カウンターに購入する本を置く。
「この本のお会計お願い」
「まいどー」
「あれ?」
「どうしたの?」
「あの本は? メリダが新しく仕入れたって言う高価な」
さすがに二人でお話をしているときに読み終えた、なんてことはないと思う。
前回購入したものよりも高そうだけど、もともと今日もベルさんに一冊はプレゼントするつもりだったから、一緒に買っておこうと思った。だけど、そのレアな物語の本がどこにもない。
もしかして、金額を聞いたベルさんが遠慮して、メリダが奥へ引っ込めてしまったのだろうか。
「あぁ、あれ?」
「そうそう。一緒にお会計したいんだけど」
「あげたわよ」
「そっか、あげた――はぁ!?」
「さっきベルちゃんにあげた」
「あげっ、あげた!?」
まさかのメリダの言葉に頭の中は大混乱である。
え、あげたって無料でってこと?
前に買っていった本が銀貨30枚で、今回のものはそれ以上だとメリダは言っていた。そんなに高価なものをあげたって、どういうことなのだろうか。
「ほ、ほんとに?」
「ええ。ねぇ、ベルちゃん?」
「う、うん……」
とベルさんは小脇に大切そうに抱えていた一冊の本を取り出して見せてくれる。
たしかにメリダが奥から持ってきてくれた、価値の高いというあの本だった。
「メリダ、ほんとにいいの?」
「いいのいいの。同じ本好きの友達になった記念にね」
「まぁ、メリダがそう言うんだったら……」
それほどまでに同じ本の感想を言い合ったのが面白かったのかもしれない。
ベルさんはずっと本を読んでいただけあって、書店員であるメリダと同じかそれ以上の知識があると思う。だからメリダにとってもいい友達ができたってことかな?
けど、だからといって高価なものを無料であげるってことがあるのだろうか。
ちょっと腑に落ちない。無料なものよりも高いものはないと言うし、何か要求されるのでは……。
首を捻りながら私は自分が買う分の魔法書の代金を支払って、魔法書を受け取る。
「それで~クロエ?」
「ん?」
「その代わりと言ってはなんだけど~」
「え……」
やっぱりそう来たか……。
どんな要求をされるんだろう。
身構える私に、メリダが笑顔を告げる。
「あなたの魔法書を見せてくれないかしら」
「ダメだよメリダ、ベルさんはまだ13歳なんだから――って、え? 魔法書?」
「そう。そこにある魔法書」
「これ……?」
ベルトのホルダーにセットしている魔法書をポンポンと叩いてみせる。
「そうそれ! だってクロエ、見せてって言ってもあんまり見せてくれないんだもん」
「だって大事な魔法書だし……」
「シャルちゃんにも会いた――もごっ!?」
シャルの名前がメリダの口から飛び出しかけたので、慌ててメリダの口をふさぐ。
メリダには何度か私の魔法書を見せており、シャルのことも話しているし何度か会ったこともある。メリダだけならいいけど、今この場にはベルさんもいるのだ。
あんな痴女がいきなり出てくるなんて、トラウマものだろう。せっかく心を開いてくれかけているのに、水の泡となってしまうかもしれない。
メリダの耳元に顔を寄せて、声を潜めて注意する。
「メリダそれはちょっと」
「ちょっとクロエ、なに?」
「シャルのことはダメなの」
「あ、もしかしてベルちゃんに言ってないの?」
「そう。ベル様だけじゃなくて四姉妹の誰にも」
魔法について、もう少し学びを深めてからシャルのことは紹介しようと思っているのだ。
魔法のことを理解してくれていれば、妖精であるシャルのことを受け入れてくれやすい……かもしれない。それにシャルの持っている魔力の強さや魔法の威力が桁違いなのも、自分が魔法を知っていればいるほど身に染みると思う。
「……あの、え? どうしたの?」
「なんでもありませんベル様!」
「そう、なの?」
「はい!」
ベルさんに言及される前に強くうなずいておく。
少し納得はいっていないみたいだったけど、ベルさんはこれ以上尋ねては来なかった。
「それでクロエ。見せてくれるの?」
「あの物語はプレゼントしてくれるんだよね?」
「もちろん。嘘は言わないわ」
だったら私の選択肢は一つしかない。
ここで断って、ベルさんの笑顔を消すなんて行為ができるだろうか。いや、できない。
「……わかった。次の機会にでも、シャル付きで」
「ふふ、取引成立ね」
メリダに魔法書とシャルを見せることで、ベルさんの高価な本を手に入れたのだった。