44.ジャスミンと疑問
朝。
私はジャスミンさんと森へ動物を見に行くことが増えていた。お屋敷の庭で軽くランニングやストレッチなどの運動をこなして、二人で出発する。
今日は動物たちのエサやミルクを街で調達してから森へと向かった。
「ありがとね、クロエ。買い物に付き合ってくれて」
「いえ、気にしないでください、ジャスミン様には可愛らしい動物を見せてもらってますから」
様々な動物たちの愛らい姿を見ると癒されるので、ジャスミンさんと森を訪れるのは私の楽しみの一つにもなっていた。ジャスミンさんがお昼から魔法の練習をしてくれたら言うことはないのだけど、世の中そんなに上手くは行かない。
一応、毎日さりげなくさそうようにはしているけど、毎回断られていた。
そしてジャスミンさんには一つ、私は疑問を抱いていることがある。
茂みにいる猫の親子にエサをやるジャスミンさんに問う。
「あの、ジャスミン様」
「なぁに?」
「猫たち、居る場所がまた変わってませんか?」
「え、そうかな!?」
「はい。初めて連れてきてもらったときに比べると、かなりこっちに来てる気がします」
「う~ん、でも、大丈夫だと思うよ?」
「そうですか?」
「うんうん。ほらクロエ見て! 子猫ちゃんたち、けっこう成長してるよね!」
たしかにジャスミンさんの言う通り、動物なのだから住んでいるところが変わるということもあるのかもしれない。しかし、それにしても頻度が多い気がする。
それに、なんだか他の動物たちも段々と森の入口へと住処を移しているように感じるのだ。もちろん、街の付近ということはなく、場所的には森の真ん中で気に囲まれたところではある。だけど、少しずつ街のほうへと移動している気がしていた。まるで、森の奥から逃げているような。
とはいえ、どの動物へエサをやるジャスミンさんの様子は変わらない。
少し胸がざわざわとするけれど、神経質になりすぎているのかもしれない。
ジャスミンさんが大丈夫だと言っている以上、私が心配することではない、だろうし……。
「そうだ、前に子猫を見せてもらう代わりにどこか外でご飯をおごるってお話をしたじゃないですか」
「え? あー、うん。そういえば」
「今日のお昼とかどうです?」
「えと、今日はその、ちょっとごめんね」
「そうですか……」
「ほんっとごめん! クロエと行くのが嫌ってわけじゃないんだよ!?」
わたしを気遣ってか、ジャスミンさんが慌てた様子で弁明する。
「あはは、大丈夫です。わかってますから」
「そろそろクロエは戻らなくて平気?」
「あ、たしかに」
買い物があった分早めに出たとはいえ、いつもよりは遅い時間になってしまったかもしれない。
アリエルさんはきっと起きていると思う。
今のところ毎日稽古に出てきてくれているので、へそを曲げられる前に急いで戻らなくては。
「すみません、では戻りますね」
「うん。今日もお手伝いありがとう」
「ジャスミン様」
本人は大丈夫だと言っていたけど、やっぱり心配だ。
何か隠していないだろうか。そんな気がしてならない。まぁ、何か隠しているのなら、私に簡単に教えてくれるとは思えないけど。
「本当に何もないんですよね?」
「な、何もないって言ってるでしょ。もうっ、クロエは心配性なんだから」
「それなら、いいんですけど……」
「ほらほら、クロエは帰らないとアーちゃんが待ってるよ!」
「わかりました。何かあったら、何でも相談してくださいね?」
ジャスミンさんがうなずいたのを確認してから、私は大急ぎでお屋敷へ戻った。
こうして見ると、やっぱり少しだけ子猫のいる位置が移動している。私はお屋敷との行き来が楽になるから嬉しいけど、ちょっと心配である。
ジャスミンさんからエサをもらえるから、ちょっとでも早くもらえるように学習して移動した、のかもしれないけど。
お屋敷に帰ってくると、すでに稽古を始める準備が整ったアリエルさんに不機嫌に迎え入れられた。
こういうのもなんだけど、どうしてこういう日に限って寝坊せず準備も早いのか。
口には出せないので、アリエルさんに謝ってさっそく稽古を始めることにする。けど、その前にジャスミンさんのことを聞いてみることにした。姉妹にだったら何か話しているかもしれない。
「アリエル様、一つお尋ねしたいのですが」
「あぁん? 稽古に関係あるのか?」
「いえ、ジャスミン様のことです」
「ジャスミン?」
「何か、森のこととか動物の話って聞いてませんか?」
「んなことオレが知るかよ」
ジャスミンさんもアリエルさんが動物を嫌いなことは知っているから、わざわざアリエルさんを選んで話したりはしないか。話していたとしても、アリエルさんは適当に聞いているだろうし。
「ジャスミンがどうかしたのか?」
「あぁ、いえ。今のところは何も」
「なんだそりゃ」
「すみません。稽古を始めましょうか」
何かあったら相談してください、とは言ったし、今私ができるのはここまでだろう。