42.アリエルと今後の稽古
「冒険者として強くなるための……」
「はい。アリエル様でしたら、剣士として」
「…………」
黙って何やら思案している様子のアリエルさん。
冒険者としてただ鍛えるだけなら、私の強さを直に知っているから悩んでいるのかもしれない。
自分の甘さ、弱さを指摘されたこともあると思う。
まぁ、単純に冒険者として強くなりたいって気持ちもあると思うけど。
「……本当だろうな」
「はい。約束いたします」
「嘘だったら寝込みを襲うぞ」
「えっと、それは夜這い的な意味です?」
「んなわけあるか!? 普通に殺すって言ってんだよ!」
「冗談です。いいですよ」
たぶん、部屋に入ってきたら気づくと思うし。シャルもいるから、さすがにこのお屋敷で殺人事件が起こるという事態にはならないと思う。
それに約束を破るつもりはない。
アリエルさんが魔法を覚えたい、私に教わりたいと思うときは、きっとアリエルさんが自分で使いたいと思ったときだ。アリエルさんは強制しても一番反発すると思うし。
それに剣士として強くなっていけば、いずれ気づいてくれると思う。魔法を使うことのできる剣士——魔法剣士がどれだけ貴重な存在なのかということを。そして自分たちが受け継いでいる才能にも。
魔法の才能がありながら剣士として今まで依頼をこなしてきたアリエルさんなら、その可能性が少なからずあると思う。
それこそ、もしもアリエルさんが剣術も魔法もどちらも上達すれば、いつか私を負かすこともできるかもしれない。
……あれ?
そういえば、昔この王都にも魔法剣士がいたと聞いたことがあるな……。
私がギルドに所属する前の話だから、詳しいことは思い出せないけど。誰だったっけ。でも、詳しく知らないってことはたぶんうちのギルドの人じゃないな。
とりあえず、今度メリダにでも聞いてみよう。ベルさんとの約束の話をしに行かなきゃだし。
「というわけなので、明日からも稽古、どうでしょう」
「……わかったよ」
「あ、でも無理に――え?」
あ、あれ?
絶対に一回は否定されるものだと思っていたので、思わず変な声が出てしまった。
「わかったって言ってんだよ。腹が立つがお前がオレよりも強いのは事実だし、オレが強くなりたいのも事実だ」
「アリエル様……」
「勘違いすんなよ! お前がどうしてもって言うから仕方なしだからな」
「はい。ありがとございます!」
「午前中だけだからな。午後からは依頼に行くから」
「わかりました」
午前中、といってもアリエルさんが起きる時間を考えると多くて二時間といったところだろうか。
まぁ、起きるのが遅ければそれまでは早起きのシラユキさんやジャスミンさんに時間を割くことができるので、よしとしよう。
「では、私はこれで。アリエル様は夕食は済まされたんですよね?」
「あぁ、さっきな。シラユキがいたから、あいつはまだいるんじゃねぇの?」
「今から行ってみます」
では、とお辞儀をして、私はダイニングへ向かう。
シラユキさん、まだ残ってくれていたらいいな。アリエルさんとのことを報告しておきたい。
「あぁ、待てお前」
「はい?」
アリエルさんに呼び止められたので振り返る。
何か言い忘れていたことでもあったのだろうか。
「…………」
「アリエル様?」
アリエルさんは居心地悪そうに顔を俯けているだけで、何も言おうとしない、
え、何?
足止めして得があるわけでもないし、まさかアリエルさんに限って私ともう少し一緒にいたい、なんてことはないだろう。ないない。
「…………悪かったな」
「え」
「な、なんだよ……」
「いえ、そのびっくりして」
「シラユキが言えってうるせぇんだよ。たしかにオレは言ったからな!」
ほっぺたを少し紅潮させたアリエルさんはそう言って、荒々しく扉を開けて自分の部屋へ入ってしまった。