39.シラユキとお風呂
ベルさんと約束をした後。
ジャスミンさんがお昼ご飯を食べるために帰ってきたら、そのあとは一緒に行動をしようかと思ったけど、結局戻ってこなかった。
ベルさんは部屋に引きこもってしまったし、私はティナさんのお手伝いでお風呂の掃除をしたり洗濯物を取り込んだりして、残りは自分の部屋で寂しく過ごすことになった。
夕飯までの時間、魔法書を読んだり、宴会で使えるような小さな魔法を練習したりして時間を潰す。
もしかすると四姉妹の気を引くことができるかもしれない。……いや、ないか。あれだけ魔法を嫌っているから、少なくとも現時点では私の魔法を見せてくれって言われる機会はないだろう。
ふと窓の外に目をやると、日が傾いてきていた。
お風呂に行って、ティナさんのお手製絶品夕ご飯をいただくとしよう。そしてアリエルさんが戻ってきたら今朝のことを謝罪しなければ。
腰を掛けていたベッドから立ち上がると、ちょうどドアがノックされた。
「クロエ、ボクだ。シラユキだ」
「シラユキ様?」
扉を開ける。
シラユキさんがいつもと変わらない微笑みを浮かべて立っていた。
「おや? どこかへ行くところだったのかな?」
「お風呂に行こうかなと」
「ふむ……」
何か私に用事でもあったのだろうか。
この時間帯だと、シラユキさんが戻ってくるには少し早い気がする。どうしたんだろう。
「ではボクもご一緒していいかい?」
「構いませんけど……」
「けど、どうしたのかな」
「なんというか……シラユキ様、今日は早くお屋敷に帰られたんだなと思いまして」
「ボクだって、そういう日もあるさ」
たしかに、どの時間に帰ってくるのもシラユキさんの自由だ。
いや、本当のことを言ったら魔法の練習をしてから出かけるか、早めに帰って来てもらって魔法の練習をしてほしいんだけど。
「えっと。何か用事でも」
「ふふ、クロエ。君と少し話がしたくてね」
「私と?」
「そうだ。裸の付き合いをしながら語り合おうじゃないか」
シラユキさんから私に話……?
それも、街で女の子たちと遊ぶのを早めに切り上げてまでしたい話と言うのは何だろう。
シラユキさんには申し訳ないけど、不審に思ってしまう。
「ん? ボクの顔に何かついているかい?」
「あ、すみません」
「構わないよ。もしかして、惚れてしまったのかな?」
「ち、違います……」
このシラユキさんという人はつかみどころがないというか、マイペースというか。
四姉妹の皆さんはそれぞれ個性的だとは思うけど、唯一の年上ということもあってか、シラユキさんにはいつもペースを乱されてしまっている気がする。
四人の中でも顔が整っていて綺麗というのもあるんだけど……。
そんなこんなでお風呂にやって来る。
相変わらず広い浴槽に、かけ湯をしてから入る。
「はぁ~~いいお湯……」
ちらと隣を見る。
銀色のロングヘアを頭の上でおだんごにまとめたシラユキさんも、私と同じようにため息を吐いていた。シラユキさんの肌とか胸に視線がいっていることに気づいて、私はさっと逸らす。
な、何を見ているんだ……。
「ふぅ……さて、クロエ」
「は、はい」
「世間話をするのと、本題に入るのとどっちがいいかな?」
「……本題でお願いします」
「ではそうしよう」
シラユキさんは「ん~~」と伸びをしてから話し始める。
あまりに無防備で大胆な行動にドキリとしてしまったのは秘密である。
「話と言うのはね、アリエルのことなんだ」
「アリエル様の」
「うん。今日、偶然アリエルと街で会ってね。クロエとのことを聞いたのさ」
「す、すみませんでした」
シラユキさんの口調は柔らかいけど、もしかしてすごく怒っているのかも。
いや、お姉ちゃんなら当然かも……。
もしかして私、沈められる? え、どうしよう。もしそうなら、湯船を魔法で蒸発させよう。
「あぁ、いや。別にボクに謝ってほしいわけじゃないんだ」
「そうなのですか?」
「稽古に同意をしたのはアリエルなのだし、それに話を聞く限りはアリエルも理由も話さず急に飛び出してしまったみたいだからね。むしろ謝るのはボクのほうかもしれない」
「そんなことは……お母様のことに触れてしまったのは私なので……」
シラユキさんが謝るなんてことはない。
今回の場合、悪いのは私だろう。
「アリエルにとって、もちろんボクにとっても、いやボクたち姉妹にとって母上はすごく大切な人で大好きだった」
「……はい。お昼にベル様から少しお聞きしました」
「ベルから」
「アリエル様は四姉妹でも特にお母様のことを好いていたと」
「……そうだね。それにあいつは憧れていた」
「憧れ?」
「母上については、ベルから何か?」
「いえ、他には何も」
「そうか……」
ふむ、とシラユキさんはあごに手を添えて何やら考え込む。
「なら、ボクから言うのはやめておくよ。アリエルから聞くべきだろうしね」
「やはりお母様が関係しているのですね」
「悪いけど、これ以上はボクの口からは言えないかな。ボクは妹たちのためなら君に協力するつもりだけど、こればかりは個人的なことが多少なりともあるからね」
ふふっとシラユキさんは笑みを浮かべる。
これ以上は言及しても躱されてしまうだろう。やはりシラユキさんは四姉妹の長女なのだ。今の状況だって、アリエルさんから話を聞いてわざわざ気を遣ってくれているのだ。
「……アリエル様、私に話してくださるでしょうか」
「どうだろうね。少なくとも、今は家族でない君に母上のことを話したくはなさそうだけれど」
「そうですよね」
お母さんのことを知れば、アリエルさんに近づけると思う。困っていること、心に刺さって抜けていないものがあれば、解決できるかもしれない。
でも、お母さんについて尋ねても答えてはくれないだろう。暴言を吐かれる未来が見えた。
「まぁ、母上のことだけならアリエルにこだわらなくてもいいんじゃないかな」
「それはどういう……?」
「ん~? 他の妹たちに聞いて話す分には、ボクがどうこう言えることではない、ということだよ」
ジャスミンさんかベルさんと信頼関係を築いて、聞くのは構わないということか。
遠回りにはなるかもしれないけど、アリエルさん本人に聞くよりはいいかもしれない。アリエルさんが魔法を嫌っている直接的な原因は知れなくとも、周辺の情報は集まりそうだし。
「あぁ、それからアリエルだけど、もう少し優しく接してあげられないかな」
「優しく、ですか」
「あぁ。あいつはああいう性格だけど繊細なところもあるからね。感情的になってしまうかもしれないが、優しくしてあげてほしい」
「……わかりました。色々ありがとうございます、シラユキさん」
「ううん、ボクは何も」
アリエルさんを守るために自分が直接答えは言えないけど、ヒントはくれるシラユキさんはやはり優しい。
妹たちのことを思っているからこそなんだろう。
……まぁ、これで自分も魔法の指導を受けてくれて、行動で妹たちを引っ張ってくれたら嬉しいんだけど。
どうもシラユキさんは妹たちのことは大切にしているのに、自分のことは他人事のように扱っている節がある。長女だからなのかもしれないけど。
「そうだクロエ。話は変わるんだけど、ボクから一つ聞いてもいいかな?」