38.ベルのお願い
「お願い……ですか?」
「……うん」
「それは、はい。もちろんです。私にできることなら、何でも言ってください」
ベルさんには、こうして部屋に入れてもらってまで話を聞いてもらった。
アリエルさんがお母さんのことを姉妹の中でも一番好いていたこと、だから私がお母さんのことを口に出した時に怒ったのではないかと。
さらにアリエルさんの過去の意外な一面も教えてもらうことができた。
「あの……この本、なんだけど……」
「はい」
「……知り合いの本屋さんで買ったって、言ってたよね?」
「はい、私がよく魔法書を買うために使っている本屋です」
「あのさ……これ以外にもあるの、かな……?」
私が贈った本の表紙に視線を送りながら、ベルさんが言う。
メリダのお店は基本的には魔法書を取り扱っている書店だ。ベルさんに贈った本だって、メリダに相談して店の奥から引っ張り出してきてもらったものである。
メリダにはまた来るとは言っていたけど、さすがに銀貨30枚もするような高価な本が簡単に仕入れられるとは思えないし……。でもメリダだし……。
ベルさんにはこれからも相談に乗ってもらうことがあるかもしれないし、私にできることは何でもしようじゃないか。
メリダ、がんばってくれ。
とりあえず、今の段階ではメリダのお店の事情はわからないから、正直に伝えるとしよう。
「すみません、今度行ったときに確認しておきます」
「……う、うん。お願い」
「ちなみに、どういうものがいいとかって希望はありますか?」
「……えっ、いいの?」
「叶えられるか約束はできませんけど、伝えるだけなら」
「えっと、えっと……」
何にしようかと迷っているのか、ベルさんは頭を抱えて悩んでいる。
本当に本が好きなんだなぁ……。
「あ……」
「どうかしました?」
「……その、お店」
「お店がどうかしました?」
「ベルも、行ってもいい……?」
「べ、べべべべ、ベル様がですか!?」
お店に行くと言うのは街に行くということで。
部屋からはもちろん、このお屋敷からも出なければならないのだ。
大丈夫なのだろうか。と心配していると、どうやら杞憂だったらしく、ベルさんがほっぺたを膨らませていた。
「驚きすぎ、だよ……」
「だってベル様。本屋ってことは街に出かけるってことですよ!?」
「そ、そのくらい、ベルにもできるもんっ」
たしかに驚きすぎたかもしれない。でもでも、だって一日中部屋に閉じこもって、ご飯もティナさんに運ばせているベルさんだ。そのベルさんが自分から街に行くって言うのだから仕方ない。
拗ねてしまったのか、ぷいっとベルさんは顔を横に向けた。
か、可愛い……。
「……だ、ダメ、かな?」
「いえ、私もそのほうが嬉しいかもです」
私は物語を読まないから、前に贈ったものだってメリダに選ぶのは任せてお金を払っただけだ。
もしもメリダが複数冊の物語を準備してくれて、私が選んだものを贈ったら「センスがない!」とベル様に言われかねない。
ベルさんが自分で選んでくれるのなら、一番安心だ。
「あと、め、メリダ……さん……?」
「メリダですか?」
「う、うん。ちょっと、会ってみたい、から……」
「なるほど」
この本のお礼を言ってもらったときに、メリダの話もしたから気になっていたのかもしれない。
同じ本好き……えっと、書痴? だからメリダと気が合うかも。感想で盛り上がるかもしれないし。
となると、先にメリダにベルさんと一緒に行くことを伝えておいた方がよさそうだ。
ベルさんが店員であるメリダと長い時間おしゃべりをしていると他のお客さんに迷惑だし、二人もその度に会話を打ち切らなきゃいけないのは嫌だと思う。それにベルさんはゆっくり自分のペースで店内を見たいだろうから、他のお客さんがいないほうがいいだろう。
休みの日か、あまり人がいない時間に訪れるとしよう。
まぁ、心配しなくてもメリダのお店が繁盛しているところを私は見たことがないけどねっ!
いつでも閑散期である。
……そんなことを言ったら出禁にされてしまうので、そっと胸の奥にしまっておくことにした。
「わかりました、メリダに言っておきます。メリダから都合のいい日を教えてもらったらベル様にお伝えしますね」
「……う、うん!」