35.シャルからのお叱り
「やっぱりお前なんか嫌いだ!」
鋭い声を私に突き刺して、アリエルさんは街へ駆け出してしまった。
「アリエル様!」
私の声が届いたのかもわからない。少なくともアリエルさんは振り返ろうとはしない。
その背中はどんどん小さくなっていって、やがて見えなくなった。
「…………」
中途半端に伸ばした手が行き場を失っていた。
アリエルさんがいなくなってしまったので手を下ろす。
私が行っても、きっとダメだ。
拒絶されて追いかけっこになるだけだろう。捕まえて無理に連れて帰ったとしても、とてもじゃないけど稽古の続きができる状態にはならない。
(クロエよ。追わずともよかったのかの?)
(……うん)
(ま、そなたがヘコんでしまうのもわかるぞ?)
(その割には、声は楽しそうなんですけど……)
(まぁの。魔法を使うくらいなら死んだ方がマシ、なんて我も言われたのは初めてじゃ)
かかっ、とシャルは快活に笑う。
さすがは妖精と言うべきか。この状況も楽しんでいやがる。
(やっぱり、アリエル様が魔法を使いたがらないのはお母さんが関係しているんだろうね……)
(で、あろうな)
お母さんが関係しているの? と少し聞いただけであれだけ怒られたのだ。
絶対に触れられたくない部分だったのだろう。
そこに関しては、私も不用意だったと反省しなければならない。
アリエルさんが戻ってきたら謝ろう。聞いてくれるかはわからないけど。
とにかく、四姉妹はそれぞれが魔法を学びたくない、嫌いだと思うようになった理由がある。
魔法の指導をするにはそれを解決しなければならない。
そして、姉妹によって比重は違えど、そこに母親の死が関係しているのは間違いないのだ。アリエルさんは、そのお母さんが亡くなったことが姉妹の中でも大きく影響しているのだろう。
なら、私はお母さんについて知るべきなのかもしれない。
当然、教えてもらえないかもしれない。聞き方は考えるべきだ。
ティナさんにすべきか、いや、姉妹の誰かに聞いたほうがいいだろう。となると……シラユキさんか? 姉妹のことなら協力してくれるといっていたから、アリエルさんの相談と言ったら教えてくれるかも。
よし。
とりあえず、今日の今後の予定は決まった。
アリエルさんが帰ったら謝る。シラユキさんが帰ったら相談する。
それでいこう。
今日、これからの時間は……どうしよう。ジャスミンさんのところに戻ってみようかな?
(あー、そうじゃ忘れておったわ)
「なに、シャル?」
(悪いが一つ、よいかの? アリエル嬢とは関係ない……こともないのか? わからぬが、よいか?)
「うん? どうぞ?」
(魔法書を盾にするのはやめてほしいのじゃ……)
「あ、あぁ~、ごめんね?」
たしかに魔法書の妖精としては、自分のよりどころである魔法書を盾にされるのは気分のいいものではないだろう。
私としても、いくら強化しているとはいえ両断されたら困る。
というか、もしもこの魔法書が真っ二つにされたら、シャルはどうなるんだろう。
「シャル、ちなみになんだけど」
(む、なんじゃ?)
「魔法書が裂けちゃったりしたら、シャルってどうなるの?」
(……盾にする気満々ではないか)
「いや、そうじゃないよ? ただ知りたくて」
(そういうことにしておいてやるわ。しかし、そうじゃの……)
うーん、とシャルは悩むように唸る。
(すまぬの。我も知らん)
「え」
(よくよく考えてみたら、今まで盾にされた経験などなかったのじゃ。普通にしておいたら魔法書が剣とぶつかることなどあり得んからの。知るはずがなかろうがバカ者め)
「あはは……だよね……」
とりあえず、今後は控えようと思いました。