32.アリエルと稽古(一回目)
お屋敷に帰ってダイニングへ向かうと、アリエルさんがご飯を食べていた。
シラユキさんやジャスミンさんが言っていた通り、私たちが外にいる間に起きてきたらしい。
「アリエル様、おはようございます」
「んだよ、普通にいるのかよ」
「へ?」
「見当たらねぇから逃げちまったのかと思ったぜ」
「すみません。先ほどまでジャスミン様と一緒に外にいたので」
「ジャスミン?」
「はい。森で子猫を見せてもらってました」
子猫、という単語に反応して、アリエルさんが「うげぇ」と顔を歪める。
アリエルさんの動物嫌いも筋金入りだ。
「お前、まさか連れてきてねぇだろうな……」
「もちろんです。アリエル様が小さい犬や猫を含めて動物が苦手なのは知っていますので」
「べ、別に苦手じゃねぇし!」
「そうなのですか?」
「あぁ、そうだよ。そんなわけねぇだろ」
ティナさんやシラユキさんが言っていたことは間違いだったのかな?
いや、二人が知らないうちに克服していたということだろうか。でも、ジャスミンさんが連れてきてたときは、めちゃくちゃ拒絶してたし……。
「でしたら、ジャスミンさんが何か飼うのをお許しになられては?」
「そっ、それとこれとは話が別だろうがっ!」
「そういうものですか?」
「そうだよ! つーか、そんなことはどうでもいいんだよ。今日は稽古だろ」
朝ごはんを食べ終えたらしく、アリエルさんはナプキンで口元を拭う。
お水を一杯飲んで「ふぅ」と息を漏らした。
「準備が出来たら相手をしてやんよ。こっちから声をかけるからそれまで部屋で帰る支度でもしてろ」
「支度するほど物は持っていないので、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「皮肉だよ! あーもう! じゃあ庭にいろよ」
「お庭でするのですか?」
「あぁ、準備するから大人しくしてろ!」
アリエルさんが自分の部屋へ準備をしに行ったので、私は言われた通りお庭で待つことにした。
ポカポカとしたいい天気で、雲が少なくて青く澄み切った空が気持ちいい。
ベンチがあったので、そこでボケっとして過ごす。
ほどなくして、昨日依頼に行った時と同じ剣士姿のアリエルさんが現れた。
ただ、手に握られているのは木刀である。腰にちゃんと剣もあるのだけど、稽古ということで木刀を使用するらしい。
まぁ、私としてはどっちでも構わない。
「よぉ、待たせたな」
「いえ、お気になさらず。では、稽古を始めましょうか」
「おう。お前の首を叩き斬ってやんよ!」
お互い適当に距離をとって、向かう合う。
「どうぞアリエル様。遠慮せずかかってきてください」
「けっ、言ってくれるじゃねぇか」
不機嫌そうにつぶやきながらも、アリエルさんは木刀を構える。
そして一気に距離を詰めてきた。
「おらぁぁぁ! 死ねぇぇぇ!」
稽古で相手に向かって死ねって……。
それもお嬢様が口にするような言葉じゃないぞ……。
なんて少し呆れつつ、アリエルさんの攻撃を躱す。予想通り、私が相手だからか振りが大きい。まるで避けてくださいといっているようなものだった。
「くっそ、避けんな!」
「それは無理です!」
「うるせぇ!」
いくら木刀とはいっても、当たったら痛い。
アリエルさんの相談とはいえ、聞くわけには行かなかった。
大振りのアリエルさんの攻撃を簡単に避ける。本当に簡単。いつまでも避けることができそうだけど、そろそろやめておこう。
依頼のときに、今みたいに感情的になってもらっては困る。
相手が私だから避けているだけだけど、普通はこれだけアリエルさんに隙があると攻撃されてしまうだろう。そして致命傷になりかねない。
だから私は心を鬼にして、お遊びをおしまいにすることにした。
左腕に魔方陣を展開させて、アリエルさんの振るった木刀を受け止める。
「はぁっ!」
「なに……!?」
驚いた顔を浮かべるアリエルさん。
まさか、この程度で私に止められると思っていなかったのだろうか。
うーん……これでも4年くらい冒険者をしてますから! まったく、冒険者も舐められたものである。
「えいっ」
続けて、木刀にデコピンをする。
木刀は簡単に砕け散った。
「そんな……」
「アリエル様、わかっていただけましたか?」
「あぁん!?」
「魔法、覚えませんか? そうしたら、今みたいに簡単に砕かれたりはしなくなりますよ?」
「……断る」
そう言って、アリエルさんは私から距離をとった。
そして腰から剣を抜く。
木刀ではなく、マジモンの剣である。さらに言えば、アリエルさんの目も真剣そのものだった。
「お前はオレが殺す!」
「いや、これ稽古なんですけど!?」