29.ベルとお土産の本
夕食を美味しく食べたあと、私はティナさんに申し出てお皿洗いをさせてもらった。
ティナさんは自分がやるので! と強く断ろうとしたけど、ずっとお世話になりっぱなしも申し訳ない。
……正直言うと、四姉妹も手伝えと思わないでもないけど。
まぁ、魔法をしっかり覚えてもらって冒険者として安定した結果を出せるようになったら、お家のお手伝いも少ししてもらうとしよう。
ということで、お皿洗いを終えた私は自分の部屋へと戻ることにした。
明日の予定を考えながら、広い廊下を進んでいく。
ベルさんの部屋が近くになり、異変に気付いた。扉にもたれ掛かるようにして、ベルさんがご飯を食べていたのである。
え、なぜ?
普通に部屋の中で食べたらよくない?
四姉妹の行動にはてんてこ舞いになることが多いけど、混乱してしまう。
「あの、ベル様?」
「…………」
「あのー?」
ちらっとだけ私に視線を送ったベルさん。
だけどすぐに顔をご飯へ戻して、もぐもぐと食べる。
無視である。ひどい。
困ったなぁ。ベルさんとは意思疎通が上手くいかない。どうしたら話を聞いてもらえるようになるだろうか。
……そういえば、ティナさんに持っていってもらったお土産の本はどうだっただろう。
「ベル様、本はわかりましたか?」
「……!」
はっとした顔になったベルさんが改めて私へ顔を向ける。
口に入っていたものを飲み込んでから、話し始める。
「……あれ……あの本……あなた、だったの?」
「はい。気に入ってもらえるかなと思って」
「……そう。やっぱり、あなただったん……だ……」
もしかしてそれを私に確認するために、こうしてわざわざ部屋の前でご飯を食べていたのだろうか。
ダイニングに来てくれたらよかったのに。
「……どこで」
「へ?」
「あんなの……どこに、あったの……?」
「知り合いの本屋さんですけど、やっぱりあれって、けっこうレアなものでした?」
メリダも力説していたし、値段も高かったのでそれなりのものなのだとは思う。
けど、どうやら私が思っていた以上の代物だったらしい。
ベルさんが首を横にブンブンと振った。細いから取れてしまわないか心配になる。
「……けっこうなんて、ものじゃないよ」
「そうなんですか」
「ほ、ほんとに……あれ、もらっていいの?」
「もちろんです。ベル様に買ってきたものですから」
「う、うん……! ありがと……」
両手の人差し指の先をツンツンとさせながら、小さくベルさんが言う。
いじらしくて可愛い。
買って来てよかったなって素直に思った。
「どういたしまして! 喜んでいただけたみたいで私も嬉しいです!」
「……うん」
やっぱりメリダに聞いたのが良かったのかもしれない。
同じ本が好きな仲間――書痴だっけ?——だから、好みとか、どういった本が喜ばれるかわかるのだろう。
「メルダにも伝えておきますね。きっと喜ぶと思います」
「め、メルダ……って?」
「お店の子です。それをチョイスしてくれたのも、メルダなんです。彼女も本が好きだから、きっとベル様とお話が合いますね!」
「そ、そうなんだ……」
相槌を打ったベルさんの様子は、なんだかソワソワしているように見える。
なるほど、わかったぞ。
早く本が読みたいんだね!
これ以上私の話に付き合わせると、今後はお話すらしてもらえなくなるかもしれないので、この辺りで身を引いておこう。
次、また話せる機会があったら、魔法のことを少し提案してみることにする。
「はい。それじゃ、私はこれで。本の感想も聞かせてくださいね」
「……ま、待って……っ」
「ベル様?」
ベルさんに服の裾を掴まれる。
びっくりして視線を送ると、ベルさんが上目づかいで見上げてきた。
本人はたぶん意識していないと思うけど、末っ子のかわいらしさ全開で胸にぐっとくるものがあった。
「どうかしましたか?」
「あ、いや……なんでも……」
パッと手を離すベルさん。
どうしたんだろ。
首をかしげると、ベルさんは
「な、なんでもない……ありがと……」
ともう一度お礼を言って、部屋に戻ってしまった。