28.長女と三女はまだ学ばない
「すまないね、クロエ」
アリエルさんが出ていった扉を見ていると、シラユキさんが申し訳なさそうにつぶやいた。
「いえ、シラユキ様が謝ることでは」
「そうかもしれないね。でもほら、ボクは姉だからさ。一応ね?」
「アーちゃんって、私たち以外には基本的にああいう感じだよね~。なんでだろ?」
正面に座っているジャスミンさんが、パンにかじりながら首をかしげた。
どうやら、アリエルさんは魔法の指導に来た人に対しては、誰が相手でもあのような態度と口調らしい。
うん。辞めたくなる気持ちが分かる。
「あれでもボクたちのことを思っているのさ」
「アタシたちのことを?」
「あぁ、不器用だけどね」
ふふっと意味ありげにウィンクをして微笑むシラユキさん。
「ふーん、そっかぁ」
「ま、心配なのは心配だけどね」
シラユキさんは小さく息を吐き出す。
そして顔を私に向けた。
「クロエ」
「はい」
「あれを見て説得力はないだろうけど、アリエルも悪い奴ではないんだ。多少、口が悪いけれど……」
「多少……」
「あぁ、多少」
シラユキさんは躊躇いなくうなずく。
あれで多少なのか……。
シラユキさんも「姉貴面すんな!」と普通のお姉さんだったら傷付きそうなことを言われているはずなのに、それで多少と言い切れるのはなかなかメンタルが強い。
まぁ、この四姉妹の長女ってだけでメンタルは鍛えられるのかもしれない。
「そうだ。そういえばクロエは、今日アリエルと一緒に依頼に行ったんだろう? どうだった?」
「アタシも聞きた~い!」
「普通でしたよ?」
「普通? 普通って普通かい?」
「はい、普通でしたね」
アリエルさんの性格的に、ピンチになって私に助けられたということを他の姉妹に言うのはやめておいた方がいいだろう。
となると、普通の依頼を受けて依頼をこなしただけである。
失敗はしていないわけだし。
「それに明日から稽古をすることになったんです。お二人も一緒にどうですか?」
「ボクは遠慮しておくよ」
「アタシもいいかな~」
「そうですか……」
どうやら明日の稽古はアリエルさんと一対一で行うことになりそうだ。
まぁ、最初だしそのほうがいいかもしれない。
なんて思っていると、シラユキさんとジャスミンさんが一斉に私へ顔を向けた。
「稽古ってアリエルとするのかい!?」
「え~!? アーちゃんと!?」
さすがは姉妹というべきか、反応も表情も全く同じである。
「あ、誤解のないように言っておくと、魔法は使わず実践の練習って感じですけど……」
「それにしても、だよ。驚いたな……」
「うん、まさかアーちゃんが」
「アリエル様は魔法を使う使わないは置いておいて、冒険者として強くなりたいという気持ちがあるんじゃないでしょうか」
シラユキさんが「なるほどね」と納得した様子を見せる。
「やっぱり、お二人もご一緒にどうです? 魔法書を読んだり私の講義を聞くのは退屈かもしれませんけど、実戦で身体を動かすくらいなら」
「ん~、まぁたしかに運動にはなるかもしれないな……」
あごに手を添えて、シラユキ様は悩むそぶりを見せる。
お、もしかしてこれはいけるか?
魔法の練習ではないけれど、実践を積めば魔法を覚えたいと思うようになってくれるかもしれない。稽古の中で魔法が素敵なものだと誘導できるかも……。
「でも遠慮しておこうかな。気が向いたらお願いするよ」
「アタシもいいかな~」
「そうですか……」