26.討伐依頼の事実
お風呂から出た私は、お屋敷のバルコニーで風に当たっていた。
季節柄、朝と夕方はまだ肌寒さが残っており、火照った体に気持ちがいい。
手すりに持たれて、ぼや~っと街の景色を眺める。酒場などはまだまだ盛んで、むしろこれからが稼ぎ時だろう。シラユキさんが戻ってくるのはもう少しあとかもしれない。
「クロエよ」
「んー、なにシャル?」
魔法書から少女の姿になったシャルが横に並ぶ。
もちろん、全裸。シャルは妖精だから気温は関係ないといっていたけど、見ているこっちが寒くなる。
「どうして本人に伝えぬのじゃ?」
「……何を?」
「む? そういうことにしておいたほうが、よいのかの?」
「あは、冗談。さすがにシャルはわかるよね」
「当たり前であろうバカ者。我は妖精ぞ?」
「だね。ごめん」
その通り。
シャルに指摘された通り、今日の出来事で私は本人に意図的に伝えていないことがあった。
アリエルさんとの依頼のことだ。
「昼間の者……誰であったか」
「次女のアリエル様」
「そやつのせいで、アレインが集合体になってしもうたというのに」
「まぁ、うん。それはそうだね」
昼間のアレイン討伐。
その時に出会った巨大なアレイン。あれが出現したのは完全に予想外だったけど、その予想外は少しの意識で防ぐことができたのだ。
というか、普通の冒険者だったらあんなミスはしない。
アレインは、身体の内部にあるコアを壊さなければ即死はしない。それでもバラバラになれば動けなくなり、太陽光で蒸発して死んでいく。
けれど、それは周りにアレインの仲間がいないときの話だ。
まだ動けるアレインがいれば、そいつは仲間のジェルを飲み込み大きくなっていく。
小さな雨粒でも、たくさん集まれば川となり、やがては海にもなってしまう。
あのときのアリエルさんは私が見ていたからか、攻撃が大きく雑になっていた。
結果、一撃の精度が落ちてしまい、アレインのコアを確実に壊すことができていなかった。その結果、辺りに散らばったアレインたちが一つになり、あのような巨大な集合体になったのだ。
「あやつの慢心であろう。口ばかりで冒険者としては三流以下ではないか」
「ひ、ひどいよシャル……そこまで言わなくても……」
「むぅ……? 我は事実を述べているだけであるぞ?」
「いや、うん。否定はしないけど」
シャルの言うことは正しい。
一番は本人が気づいていて反省をしてくれることだ。すぐにじゃなくてもいいけど、自分で気づくのが一番だと思う。
でも、アリエルさんの様子だと難しいかな。
明日からの稽古で私を追い出すことしか頭にないみたいだし。
「でも安心して、シャル。ちゃんと伝えるつもりだから」
「む、そうか。ならばよい」
「明日から稽古をするって言うのは聞いたよね?」
「うむ」
「私が相手をするから、昨日と同じ……っていうか昨日よりも大振りになると思う。そのときに伝えようと思う。それじゃあダメだって」
「そうじゃな。我が相手をしてやっても良いぞ?」
かかっと上機嫌に笑いながら、シャルが提案して来る。
気持ちはありがたいけど、もちろん断らせてもらう。
色々な意味でアリエルさんのために。
「ダメだよ。シャルは手加減できないでしょ」
「む、そのくらい我にもできるわ。ふふっ、泣き叫ぶ姿が楽しみじゃ……」
「絶対ダメ!」
少なくとも、今のアリエルさんとシャルを合わせるのはやめておこう。
私との稽古に慣れてきたら、一度くらいは手合わせをしてもいいかもしれないけど。
と、下から声を掛けられる。
「おやー? クロエじゃないか?」
「あ、シラユキ様!」
ちょうど帰宅してきたシラユキさんが道から私のことを見上げていた。
慌ててシャルを隠そうと、押さえ込んで屈ませる。
「な、何じゃクロエ」
「いいから! 早く魔法書に戻って!」
小声でシャルにお願いして、急いでシラユキさんに笑顔を作る。
「すみません、こんな上から」
「構わないさ。クロエはそこで何を?」
「え? あぁ、お風呂から出たばかりなので風に当たろうと」
「なるほどね。ん?」
「ど、どうしました?」
「今そこに誰かいなかったかい?」
大丈夫。シャルは既に魔法書に戻っている。
誤魔化せる。いや、誤魔化す!
「気のせいじゃないですかね! あはははは!」
「そうか……まぁ、クロエが言うのならボクの気のせいか」
「はい! きっと!」