23.ジャスミンと木の枝
シラユキさんと別れた後、私はヴァレル家の四姉妹のお屋敷を目指して歩いていた。
人々で活気に溢れていた大通りとは変わって、こちらは住宅が並んで閑静な雰囲気。本当に暮らしやすい場所だと改めて思う。
目の前にお屋敷が見えてきて、あとは道を真っすぐ行くだけ。
後ろから元気な声がかけられる。
「あ! クロエだ~!」
「ジャスミン様」
「クロエも今帰りなの?」
「はい。先ほど依頼を終えたので」
「そうなんだっ!」
ジャスミンさんがタタッと駆け寄って来て、私の隣に並ぶ。
動物のお世話をするために森へ行くといっていたからなのか、その服装は泥や土などで汚れてしまっていた。
髪の毛に木の枝が引っかかっていることに気づく。
「どうしたの?」
「ジャスミン様、少し失礼します」
「え? え?」
ジャスミンさんのポニーテールの髪に手を伸ばす。
枝がくっついているのは横辺りだから、ポニーテールを崩すことはなさそうだ。
ゆっくり枝をつまむ。
よかった。髪に絡まってはいない。
「あの……ち、近いよクロエ……」
「ジャスミン様。動かないでください」
「へっ!? いや、こういうのはまだ早い……」
「よし……取れた。髪に枝がついていましたよ?」
「へ……?」
素っ頓狂な声をあげるジャスミンさん。その顔はなぜか赤みを帯びている。
走って来たからだろうか?
「どうかしましたか、ジャスミン様」
「な、なんでもないよっ! ありがと!」
「はい」
ジャスミンさんから取った木の枝を地面に放り捨てる。
そのジャスミンさんは、顔を俯けて自身の髪を触っていた。
「今日はどなたも連れてきていないのですね」
「え……? あぁ、うん。さっきは別の子のお世話をしてたから」
「別の子。犬や猫の他にもたくさんいるのですか?」
「えっ!? う、うん! そりゃあ森だからね!」
たしかにそうだ。
街の中にある森とはいえ、そこは人の手が及んでいない動物たちにとっては楽園のようなものだろう。
犬や猫の他に住んでいてもおかしくはない。
まぁ、さすがにモンスターが住んでいるってことはないと思うけど。
「そ、それよりクロエ。その持っているの何?」
「これですか? 本です」
「本~?」
「はい。ベル様にお土産を、と思って」
「お土産なんだ。え、アタシには?」
「え?」
「え? じゃないよ。アタシにはないの?」
「す、すみません……」
「え~~」
可愛らしくほっぺたを膨らませるジャスミンさん。
歳は私よりも一つだけ下のはずなんだけど、こうして見るともっと幼く見える。
「次は気をつけます。あ、魔法を指導させていただけるのでしたら、魔法書をプレゼントしますよ?」
「そ、それならいらない……かな」
「そう言わずに。よろしければ、帰ってから少し勉強しませんか?」
「あーあー! 聞こえな~い!」
両耳を手で押さえながら、ジャスミンさんはお屋敷へ走って帰ってしまった。
……はぁ。
ここまで魔法の指導を受けてくれる姉妹はゼロ。
アリエルさんが普通の戦闘の練習を受けてくれるとはいえ、なかなか手ごわい四姉妹である。
この本を渡して、ベルさんがやる気になってくれるのを祈るばかりだ。