20.アリエルと宣戦布告
「…………ありがとな」
顔を逸らして、消え入るくらいのか細い声でそう言われた。
……え?
今のお礼?
まさか私、今お礼を言われたの?
「な、なんだよ、その顔!」
「いや、まさかアリエル様にお礼を言われるなんて、と思って」
「別に、オレだって礼くらい言う」
「そうですか……そう、ですよね」
人なら「ありがとう」や「ごめんなさい」を言うのは当たり前だと思う。
まぁ、前にいたあのギルドのくそ娘からは一回も聞かなかったけど。そう言う意味でも、アリエルさんは心は優しいっていうか、根は真面目なのかもしれない。
もしかして、今なら魔法の指導を受けてもらえるのでは?
私がアレインを倒した時に使った魔法も、アリエルさんは後ろから見ていたはずだ。
「アリエル様」
「あん?」
「魔法、覚えませんか?」
「断る」
「わかりやすく教えてあげますよ?」
「断るっつってんだろ!」
まるで警戒している犬みたいに、アリエルさんは私を睨んでくる。
「助けてもらったことと剣を取り返してくれたことには礼を言う。だけどよ、それとこれとは話が別だ」
「どうしてそんな……」
「お前には関係ない」
「アリエル様達には才能があると聞いています。なら、魔法を覚えたら冒険者として更に強くなれますよ?」
「——嫌いなんだよ」
「え?」
アリエルさんはぐっと拳を握る。力が入っているのか、拳は震えていた。
顔を見る。歯ぎしりをし、私をギロリと睨みつけた。
「前にも言ったけどな、オレは魔法が嫌いなんだよ。心の底から。あんなもの使いたくないし、見たくもねぇ!」
「どうして、そんなに……」
「お前にはオレの気持ちなんてわからねぇよ。魔法使いのお前にはな」
たしかに、私は魔法使いとして生きている限りずっと魔法と一緒に居るし、嫌いになることはないだろう。だから、アリエルさんが憎むほど魔法を嫌っている理由も、気持ちも理解できないかもしれない。
でも、話してくれないとわかるものもわからない。
少しくらい共感できるかもしれないし、もしかしたら解決できるかもしれない。
だけど、何も知らなきゃ何もできない。
アリエルさんは話してくれる雰囲気ではなかった。
まだまだ認めてもらうには、信用してもらうには時間がかかるということか。
「とにかく、オレは何と言われようがお前の指導は受けない。いいか、絶対だ」
「……わかりました」
「な、そうか。何だよ、急に素直になりやがって」
「はい。そこまで嫌っている理由はわかりませんが、今の状態で教えてもいいことはないですから」
しかし、先生であることに変わりはない。
例え魔法を使わなくとも、今日の敵くらいは冷静に対処できるくらいには強くなってもらわないと。
それにアリエルさんは魔法を覚えるのが嫌なだけで、強くなること自体は決して嫌ではないはずだ。
というわけで、別の提案をする。
「私と稽古をしましょう」
「は? お前、オレの話聞いてたか?」
「はい。ですから、魔法は教えません」
「どういうことだよ?」
訝し気にアリエルさんが首をかしげる。
魔法使いの私の稽古で、魔法を教えなければ何をするのだ、と。
「私と一対一で練習をしましょう。その辺のモンスターよりは私のほうが強いですから」
「なんでお前なんかと」
「アリエル様がもしも私に一発でも攻撃を当てることができたら、私はこの仕事を辞めます」
「ふーん?」
にやり、とアリエル様が口角を上げる。
「へっ、いいのかよ、そんなこと言って」
「はい。アリエル様の本気を見たいですし、それに本気で取り組まないと身に付きませんから」
「いいぜ、お前の稽古に付き合ってやる。三日でクビになっても泣くなよ?」
「約束します」
「絶対だからな」
これ以上、私から魔法の指導を受けてほしいとお願いしても、きっとアリエルさんは反発するだけだ。
嫌っていることに、意地も加わっていると思う。
押してダメなら引いてみろ、だ。
私と戦って練習をしていたら、魔法の魅力に気づいて、いつか自分から魔法を覚えたいと思ってくれるかもしれない。
しばらくは、アリエルさんへ私から魔法の指導について話すのはやめようと思う。
予想通り、アリエルさんはすごくやる気になっているし。
……そんなに私のことを追い出したいのかって思うと、ちょっとへこむけど。
「へへっ、良い提案をするじゃねぇか。お前のこと少しは見直してやってもいいぜ?」
「まぁ、一生かかっても無理だと思いますけど」
「やっぱりお前なんか嫌いだ!」
稽古は明日からと言ったのに、アリエルさんが剣を抜いた。
私に目掛けて、思いっ切り振るってくる。
もちろん予想していたので、軽く避けておいた。
「くそっ! 三日じゃねぇ! 明日にでもクビにしてやるよっ!」