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157.サクラの研究室

 講習へ向かった四姉妹を見送ったあと。

 私はサクラの研究のお手伝いをするために、サクラの研究室へとやって来た。

 

 室内に人がいる気配があるので、ノックをして声をかける。


「サクラー?」

「あ、はーい! ちょっと待ってください!」


 サクラの間延びした適当な口調ではない声が聞こえ、少しすると扉が開かれた。


「すみません、お待たせしました」


 出てきたのは、昨日サクラが研究室に閉じ込めた相手である、黒髪セミロングの研究員の女性だった。昨日と同じように白衣に身を包み、やはり目の下には深いクマができている。


 こうして近くで見ると、思っていたよりも随分と若い人だった。

 サクラよりは年上みたいだけど、二十代の前半くらいだろうか?

 年齢はさて置いておいて、あのサクラが頭の回転が速いと褒めていたくらいだから、きっと優秀な人なのだろうな、ということは理解できた。

 

 ……それだけに、昨日のようにサクラに遊ばれているのだとしたら、友達として申し訳ない気持ちになるけど…………。


 とりあえず、サクラがいるか聞いて見ようと思っていると、私が口を開くよりも先に女性が勢いよく頭を下げた。


「申し訳ありません!」

「へ?」

「またサクラ先生がご迷惑をおかけしたんですよね? 本当に申し訳ございません……」


 深々と頭を下げられて、困惑してしまう。


「先生には私のほうから厳しく言っておきますので、どうかお許しください」

「あの、私はサクラに会いに来ただけで……」

「え?」


 女性が瞼をパチパチと上下させる。


「怒っていらっしゃらない?」

「はい、全然。ていうか、私は学院都市の人でもないですから」

「よかったぁ……」


 心底安心したように女性は息を吐き出した。

 この一連の様子を見るに、サクラには随分と苦労をかけられているみたいだ。普通に同情する。


「あれ? ではクレームでないのでしたら、どうしてうちの研究室に?」


 首をかしげて女性が言う。

 冗談を言っているようにはまったく感じられないので、本気で言っているらしい。

 サクラがこの学院都市でどのような立ち位置にいるのか、理解できたぞ。


「サクラの研究の手伝いをする約束だったので、サクラはいるかなと思って」

「あぁ! クロエさんですか!?」

「はい、そうです」

 

 どうやらサクラが事前に私が訪れることを研究室の人たちにも話していたみたいだ。

 サクラのことだから「サプライズ!」とか言って、実際は面倒だったり忘れたりで他の面々には伝わっていないと思っていたので、意外だった。

 

 これなら、話はややこしくならず、スムーズにお手伝いが出来そうだ。

 

「私はサクラ先生の研究室で研究員をしているウタ、と申します。クロエさん、この度はわざわざ遠いところまでありがとうございます」

「気にしないでください。講習の付き添いで来ていて、時間はたっぷりありますので」

「あ、サクラ先生から聞いてますよ。クロエさんはすっごく強い冒険者で、今は四姉妹の方にご指南をしているのですよね?」


 サクラはそんなことまで話していたのか。

 ちょっと意外だな。そんなまともな説明までしてくれていたなんて。


 ウタさんは目を輝かして話を続ける。

 

「クロエさんはあれですよね? 随分と女性におモテになるんですよね!」

「……うん?」

「サクラ先生が言ってましたよ! クロエさんは美人で可愛い四姉妹のみなさんをたぶらかして、毎日綺麗な人に囲まれてウハウハ楽しんでるって!」

「誤解がひどい!?」


 サクラめ……。

 私の説明をしていると思ったら、誤解をさせるような嘘ばっかり吹き込んでいるじゃないか……。

 

「あれ? クロエさんは絶世の女たらしではないのですか?」

「違いますっ!」

「とっかえひっかえ楽しんでるんじゃ……」

「そんなことしてません!」


 私が四姉妹の指導役をしていること、そして四姉妹が綺麗で可愛いのは事実だ。

 だけど、たぶらかしてないし、ウハウハしてないし、女たらしでもなければ、とっかえひっかえもしていない。


 それをウタさんに説明すると、


「そうですか……すみません、勘違いをしてしまって……」


 なぜか少しだけガッカリされた。

 納得がいかないぞ……。

 

「いえ、全部サクラが悪いわけですから。そういえば、昨日は大丈夫でした?」

「あぁ、はい……。大丈夫か大丈夫でないかと言われると微妙なのですが、その……慣れているので……」


 諦めたようにため息を吐くウタさんに、私が申し訳なくなってくる。


「あ、でも、サクラ先生は滅茶苦茶ですけど、本当に凄い人なんです。研究のことだと頼りになるし、尊敬しています」


 ウタさんの熱がこもった口調にサクラへの想いを感じ取れた。

 あくまで研究に関して言えば、サクラはやはりすごい人なのだ。普段の言動で忘れがちだけど、十代で学院都市の教授になれたのは王国の歴史の中で数えるほどしかいないのだから。


「そういえば、サクラって何の研究をしているんです?」

「色々としていますが……」


 少し思案して、ウタさんが答える。


「クロエさんがお手伝いをお願いされたのは、おそらく魔力の人工的な運用や活用についてだと思います」

「魔力の人工的な運用や活用……?」

「詳しくはサクラ先生の口から。すみません、こんなところで長話をしてしまって」


 言われて、私たちは研究室の扉付近で立ち話をしていたことに気づいた。


「サクラ先生は中にいらっしゃるので、どうぞ」

「失礼します」


 ウタさんに研究室を案内してもらうと、サクラは床に散乱した本や書類に埋もれるようにして、猛烈な速度で何かを書き込んでいた。


 格好はいつものゴシック調だし、フェイスペイントもハートマークだし、研究室では浮いて見える。

 なのに、何かが乗り移ったように没頭してペンを走らせているサクラは誰よりも研究者然としていて、カッコよかった。


「サクラ先生。クロエさんが来られましたよ」


 目の前でウタさんが話しかけているのに、サクラの返事はない。

 それから何度もウタさんや私が話しかけてもまったく反応がなかった。

 

「すみません、もうすぐ終わると思うので」

「大丈夫です。邪魔しちゃ悪いですし、待ってます」


 少しして、サクラが顔を上げた。私と目が合う。


「あ、クロエ。なんでクロエがここに?」

「え? 研究の手伝いを」

「あ~! そうだったそうだった! 忘れてないわよ? サクラちゃんジョーク」


 よっこいせ、とサクラは立ち上がる。


「それじゃあ、行きましょうか」

「行く? どこに?」

「それは馬車の中で説明するわ。ウタちゃん、準備して」

「あ、はい。先生」


 てきぱきと出発の準備をするウタさんを見ながら、私はどこに連れていかれるのだろう……と不安に思うのだった。


お読みいただきありがとうございます。


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