152.学院都市に到着!
サクラと王都で会ってから、約1ヶ月後。
学院都市から四姉妹の夏期講習受講を許可する書状が届き、私たちファミリアは学院都市へと向かった。
移動に10日ほどかかり、それから講習が1か月ほどあるので、2ヶ月近く王都を離れることになる。
「ねぇ、クロエ! あそこに見えるのって学院都市じゃない!?」
馬車の窓を開けて身を乗り出したジャスミンさんが、馬車の向かう先にある街を指で示す。
途中で立ち寄った街よりも規模の大きい、それこそ王都に似た堅牢な城壁に囲まれた街が、馬車の行く先に見えていた。
興奮した様子のジャスミンさんに、シラユキさんが苦笑しながら注意する。
「こら、ジャスミン。危ないからちゃんと座って」
「ごめーん、ユキちゃん」
「ま、気持ちはボクもわかるけどね。王都を出て、もう10日くらいかな?」
「そうですね……」
私はかつて所属していたギルドでの依頼で遠出をしたことも何度も経験があるから、そこまで堪えてはいない。
けれど、四姉妹はあまり遠出の経験がないようで、さすがのシラユキさんの表情にも疲れの色が見えていた。シラユキさんの太ももの上に頭を置いて横になっているベルさんもぐったりとしている。
ジャスミンさんだけはずっと元気で、旅慣れしている私以上に体力が有り余っているようだった。
驚愕である。
ちなみに、私の隣にいるアリエルさんは相変わらず乗り物酔いをしていて、死にかけだった。
アリエルさんが掠れたか細い声を発する。
「……や、やっと、着いたのか……」
「アリエルさん、もう少しですから頑張ってください」
「お、う……」
大きな金属製の門の前で守衛をしている学院騎士に夏期講習の書状を見せて、許可を得て街中へ入る。
人生初、学院都市に足を踏み入れたわけだけど。
「おぉ……お?」
思ったよりも普通というか、なんというか。
むしろ、一番大きな通りには人もお店もたくさんあるんだけど、ワイワイとした空気はあまり感じられない。王都やアムレなど、冒険者が大勢集まっている都市と比べると、一段と落ち着いた雰囲気だった。
まぁ、魔法の研究が主となっていて、観光地ではないのだから、当然と言えば当然か。
魔法のために存在しているわけであって、冒険者のために存在してはいないのだ。
「王都とはけっこう違う感じだね!」
「冒険者の数が少ないからかもしれませんね」
「あ~、そっか。ギルドもないって聞いたし、冒険者がいないのか~」
王都から離れた場所にあるし、街に入るだけでも面倒な手続きをして許可を取らなければいけないので、好き好んで訪れる冒険者はいないだろう。
学院都市の人たちにとっても、私たちのような冒険者は珍しいのか、なんだか見られているような気がする。
馬車は街の中央へと進んで行く。
窓の外を見ていたシラユキさんが「あ」と声を零した。
「クロエ。あそこがサクラさんのいるところかな?」
「あ、ですね」
シラユキさんが見ている先にあるのは、研究施設の中枢が集まっている場所だった。
この街の中央に位置しており、その中は見えないようにぐるりと壁に囲まれている。まるで都市の中にもう一つ都市があるようだ。
さらに、その周囲は幅の広い川が流れており、東西に1本ずつ架けられている橋でのみ、出入りができるようになっていた。
学院の門の前にはピカピカの鎧を着た屈強な騎士が2人、周囲を警戒して鋭く目を凝らしている。
噂に聞いていた通り、王城と同じくらいの徹底した警備態勢が敷かれていた。
その橋を渡って、威圧感のある怖い目つきの騎士に夏期講習の書状を見せる。
「では、サクラ様がお越しになるまで、こちらでお待ちください」
しばらく馬車の中で待っていると、正面にそびえ立っている大きな鉄の門……ではなく、その少し横にある扉が開いた。
どうやら、あそこも通路になっているらしく、門を開かなくても人の出入りはできるようになっているみたいだ。
「やっほー、クロエ。サクラちゃん、待ちくたびれちゃったぞ? きゃっ」
ほっぺたに両手を当てて照れた演技をするサクラの服装は、以前会ったときと変わらない黒と赤のゴシック調。頭の上の大きな赤いリボンと、左目の下にあるハートマークのフェイスペイントも健在だった。
学院都市でも、本当にこの格好なのか……。
研究施設の人には怒られないのだろうか? ちょっと心配になる。いや、教授って言ってたから、誰も言えないのかもしれないけど。
「ん~? どうしたのクロエ、じっと熱いまなざしを向けちゃって」
「え、いや」
「まさか惚れちゃったかにゃ?」
「そんなわけないでしょ。その服装っていいの?」
尋ねると、サクラはきょとんとした。
「なんで?」
「派手っていうか、怒られないのかなって」
「そんなわけないでしょ。結果も出してるし、教授のサクラちゃんに文句言える人なんて、ほとんどいないもーん」
「えぇ……」
冒険者だって結果を残していれば、所属しているギルドのマスターに服装をとやかく言われることはないだろう。
とはいえ、王国の魔法研究機関である学院都市でも同じなのだろうか?
不思議に思っていると、サクラが一番近くにいた騎士に話しかける。
「ねぇ、そこのあなた」
まさかサクラに話しかけられると思っていなかったのか、騎士はびくりと肩を揺らした。
ちょっと怯えているように見えるのは私の見間違いかな?
「良いと思うでしょ? サクラちゃん、可愛いよね? ね?」
「はっ、自分はもう見慣れましたので、非常に素敵なお召し物かと思われます」
「だよね~、あざまる騎士団よいちょまる~☆」
なお、騎士はサクラと一切目を合わせようとしない。サクラ自身は気づいていないのか、興味がないのか気にしてないみたいだけど。
たぶん、騎士団の間では、サクラは変人でヤベー奴って噂でもあるのだろう。
ヤバい、話しかけられた……絡まれた……って表情をしていた。
「って、そんなことはどーでもいいの」
サクラは視線を私から四姉妹に移す。
「四姉妹ちゃん、一か月ぶりね☆ 学院都市にいらっしゃ~い☆」
「サクラさん。今回は本当にありがとうございます」
「いいのよ、シラユキちゃん。遠かったと思うけど、大丈夫だった?」
「はい、まぁ、ボクはなんとか」
「アタシも!」
はいはーい! と元気よくジャスミンさんが手を挙げる。
「おぉ、ジャスミンちゃん元気いっぱいだね☆」
「うん! アタシ、講習会がすっごく楽しみなんだ!」
「それは嬉しいな。期待に応えられるように頑張るネ!」
次いで、サクラはベルさんに顔を向ける。
「ベルちゃんはお疲れみたいね」
「う、うん……。で、でも、ベルもだいじょぶ」
「そっか。でも、無理はしないで、今日は早めに休んで、明日に備えて?」
「うん……。ベルも、がんばる……っ」
ベルさんが可愛らしくぎゅっと拳を握る。
その微笑ましい動作にサクラの表情も柔らかくなっていたけど、隣にいるアリエルさんを見て、サクラは苦笑を浮かべた。
「……で、アリエルちゃん、本当に死にそうじゃない」
「別に……らいじょうぶ、だけど……?」
青白い顔で強がるアリエルさんは、全然大丈夫ではなさそうだった。
大丈夫って言えてないし……。
「あ、そうそう。サクラ、頼んでたものって」
「もちろん持って来てるわよ。アリエルちゃん、これ」
サクラが透明な液体の入った瓶をアリエルさんに手渡す。
「……これは?」
「酔い止めの薬」
「酔い止め……」
「そ。クロエから、アリエルさんは乗り物酔いが激しいから、酔い止めの薬があったら用意しといてって、言われてたの」
四姉妹の講習参加の許可証が学院都市から送られてきた日、サクラ宛にお願いの手紙を出したわけだけど、ちゃんと準備してくれていたみたいだ。
ありがとう、とサクラにお礼を言っておく。
「調合したのは私じゃないけど、効果は保証するよ。私たちも遠出するときによく飲んでる薬だから」
「…………」
訝しそうに瓶に入っている液体を見つめていたアリエルさんだけど、サクラの説明を聞いて一気の飲み干した。
表情も変わっていないし、味が悪いというわけではないらしい。
「それじゃあ、ここで立ち話もなんだし、とりま、皆に使ってもらう部屋に行こうかな」
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