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150.アリエルの決意

 そっか……。

 そうだったんだ。

 

 身体を酷使するお母さんを止めなかったサンズさんを恨んでいるのと同じように、魔法のことも深く恨んでいる。身体の補助のために使用していたとはいえ、四人のお母さんの寿命を間違いなく縮めて、亡くなった大きな理由でもある、魔法のことを。


 それでアリエルさんは、あれほどまでに魔法を嫌って使おうとしなかったのだ。

 指導役としてお屋敷に来たばかりの頃、アリエルさんにお母さんの話題を振って激怒されたのも当然だったのかもしれない。

 納得すると同時に、改めて申し訳なくなって反省する。

 

「あの、アリエルさん」

「あん?」

「学院都市の講習ですけど、やっぱり、無理に行かなくても」

「…………」


 サクラに誘ってもらった学院都市での魔法の夏期講習には、アリエルさんも含めて四姉妹全員が行くと言っていた。

 だけど、魔法に対して前向きに学ぼうとしているシラユキさん、ジャスミンさん、ベルさんと違って、アリエルさんが行くと言ったのは、正直理由が分からなかった。

 

 四人で一緒にいるためなのかもしれない。もしかすると、他にアリエルさんなりの考えがあるのかもしれない。

 魔法を使わない人、使えない人にとっても、良い経験になるのは間違いない。


 でも、アリエルさんが本当に魔法を使いたくなくて、今後も使わないと決めているのなら、王都に残って剣術の練習をするという手もある。

 カタリナさんにお願いしてもいい。

 

 私は四姉妹の魔法の指導役として、サンズさんに雇われて、このお屋敷に来た。

 その立場を考えれば、こんなことを言ってはいけないのかもしれない。

 それでも、辛い記憶を思い出して、アリエルさんが傷ついて悲しむのなら、無理強いするなんて……。


 逡巡していると、隣から優しい声をかけられた。


「クロエ」

「シラユキさん……?」


 小さな子供を安心させるように柔らかく、ふっと微笑んでシラユキさんが言う。


「言っただろう? ボクたちは四人で学院都市へ行く。これは変わらないよ」

「でも……」


 改めて、アリエルさんに視線を向ける。


「今の話を聞いて、私は無理強いはできません……」


 静かな居心地の悪い時間が、数秒、また数秒と経過する。

 自然と視線がテーブルへと下がってしまった。

 

「――そうじゃ、ねぇんだ」


 か細いアリエルさんの声が聞こえて、弾かれたみたいに私は顔を上げる。


「え?」

「たしかにオレはアイツと同じくらい魔法を恨んでいた。嫌いだった。死んだ方がマシだとも思っていた」

「それなら」

「だけど」


 私の言葉を遮るように言って、アリエルさんは言葉を紡いでいく。


「お前が来て、色々あって……魔法は人を傷つけるだけじゃなくて、人を守ることができるとわかった」

「アリエルさん……」

「そして、オレの弱さと未熟さも」

「そんなことは」

「あるよ」


 自嘲気味に息を吐き出したアリエルさんの顔は、胸が締め付けられるような、どこか寂しいものだった。


「オレはお前にばかり頼って、甘えて、何もできてない。お前とカタリナを見て、思い知らされた。このままじゃ、今の弱いままのオレじゃ、ダメなんだよ……」


 拳を固く握って、アリエルさんは悔し気に俯いた。

 自分の気持ちを整理するためか、一度息を吐き出して、再び顔を上げた。

 その瞳には真っすぐな強い意志のようなものがあった。


「お前にお母さんの話をするとこいつらと話して、思い出したんだ」

「何をですか?」

「お母さんと約束したんだ。こいつらを――姉妹を守るって」


 芯の通ったはっきりとした声で、アリエルさんは言った。

 私をじっと見据えて、覚悟を語る。


「だから、オレはオレの意志で、強くなるために魔法を学びたい。そう決めた」

「アリエル、さん……」


 率直に嬉しかった。

 魔法は人を守ることができると、アリエルさんに言ってもらえて。

 ようやくアリエルさんに認めてもらえたような気がした。


 アリエルさんは自分のことを未熟で弱いと言った。

 たしかに、今のアリエルさんは冒険者としてまだまだ実力はないかもしれない。けれど、アリエルさんには自分の弱さを認められる強さがある。

 アリエルさんだけじゃないけれど、この四姉妹はきっと、たくさんの人を守ることができる人になれるだろう。


 そんなことを考えて黙っている私に不安を覚えたのか、アリエルさんが俯き加減になる。


「虫の良い話だってのは、自分でも理解してるつもりだ。ずっとオレは魔法をずっと嫌って避けてきて、お前のことも一方的に身勝手に嫌ってたんだ。断られても、文句は言えない」

「あ、いえ、そんなことは……」


 慌てて訂正しようとすると、隣のシラユキさんが「やれやれ」とため息を吐き出した。


「まったく、仕方のない妹だね」


 シラユキさんの表情は優しいもので、まさしく姉が妹へ向けるものだった。


「アリエル。こういうときは、ただ一言、謝ればいいんだ。違うかい?」

「……そう、だな」


 首肯して、アリエルさんは顔を上げ、私の目を見た。

 しかし、目が合った瞬間、さっと視線を逸らされる。その状態のまま、もごもごとアリエルさんの口が動く。


「……今まで、悪かったよ」

「い、いいんです。私も悪いところがいっぱいありましたし、気にしてませんから」


 素直に謝るアリエルさんなんて、なんだか変な感じだ。

 ……ちょっと失礼かもしれないけど。


 と、満足そうに見つめていたシラユキさんに名前を呼ばれる。


「クロエ」

「は、はい?」

「改めて、これからもボクたち四人をよろしく頼む」


 シラユキさんが歩く頭を下げると、妹の三人もそれに倣って、同じように頭を小さく下げた。


「……頼む」

「アタシも、頑張るからよろしくね!」

「ベルも……お願い、します……」

「あ、頭を上げてください、皆さん。そんなの、当たり前じゃないですか」


 顔を上げた四人の目をそれぞれ見て、少しばかり照れくさいけれど私も伝える。

 

「私のほうこそ、これからもよろしくお願いしますね!」

お読みいただきありがとうございます。


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