15.ジャスミンと約束
シラユキさんがダイニングを出ていった後、入れ替わるようにしてティナさんがやって来た。
メイド服のエプロンで手を拭いている様子を見ると、別の家事をしていたみたいだ。
お洗濯かお風呂掃除といったところだろうか。お屋敷の使用人とはいえ、その働きぶりには朝から頭が下がる。
「あ、クロエさん、おはようございます」
「おはようございます、ティナさん」
「すみません、今からお食事の用意をしますね」
「そんなに急がなくても大丈夫ですよ。もしあれでしたら、私は外で食べてきてもいいですし」
「それはダメです」
ティナさんにきっぱりと言い切られる。
その瞳には、確固たる意志が見えた。
「健康は大事ですから。私が責任を持ってお食事を出させていただきます」
使用人の、いや、メイドの矜持というやつだろうか。プロ意識を感じる。
パタパタと急ぎ足でティナさんはキッチンへ向かった。
少しでもティナさんの負担を減らせたらとさっきは提案したけど、やっぱりティナさんのご飯が美味しいから食べられるのは嬉しい。
正直、お店を出せるレベルだと思う。
……まぁ、今の状態でお店なんか出したら、ティナさんが倒れてしまうのは目に見えているけど。
ティナさんのご飯の美味しさは、目の前で舌鼓を打っているジャスミンさんの反応を見ても明白だった。
「ティナさんのご飯って、ほんと美味しいですよね」
「うん! もぐもぐ……ふっごく……もぐもぐ……ほいひいとおもふ!」
「あの、飲み込んでからしゃべったほうが……」
「ほーだね!」
ジャスミンさんは口の中にいっぱい放り込むから、ほっぺたがぷっくり膨らんでしまっていた。
もぐもぐと咀嚼して、改めて話し始める。
「でもクロエは冒険者なんでしょ?」
「はい、一応は」
「だったら、もっと美味しいお店もたくさん知ってるんじゃないの?」
「もちろん、いくつかは知ってます。でも、ティナさんのお料理のほうが美味しいです」
「そうなの?」
「はい。あ、もちろん他のお店が美味しくないと言っているわけではないですよ?」
それ以上にティナさんの手料理が美味しいのだ。
ギルドマスターの大切な娘さんたちの健康も考えて、きっちり栄養も取れるようになっているみたいだし。
「ふーん。アタシたち、ほとんどティナのご飯しか食べたことないから、他のはわかんないや」
「え、そうなのですか……?」
「うん。あ、そうだ。今度どこかに連れていってよ、クロエ!」
「もちろんです。でしたら、ジャスミンさんは猫を見せていただけますか?」
「いいね、それ! 約束ねっ!」
ジャスミンさんはスープの入った容器を両手で持ち上げて、飲み干した。
この場だからいいけど、社交界では絶対にNGではないだろうか。まぁ、元気娘のジャスミンさんらしいけど。
「ごちそうさま! それじゃあアタシも行くね!」
満足げな顔で立ち上がるジャスミンさん。
シラユキさん同様、魔法の指導を受ける気はさらさらないらしい。
「ジャスミンさん、魔法の――」
「ごめんね! 他の子のお世話をしなきゃなの!」
ぴゅーっとジャスミンさんは駆け足でダイニングを出ていく。
扉を開けたとき、
「うお!? 危ねぇな、ジャスミン!」
「ごめんねアーちゃん!」
「ったく……」
ため息を吐き、アリエルさんはジャスミンさんを見送る。
アリエルさんは今起きたのか、白色のワンピースタイプの寝間着姿だった。
昨日は依頼を受けに行く剣士の格好だったから、印象がまるで違う。可愛らしく柔らかで、女の子らしい印象だった。顔立ちが綺麗だから、こちらも似合っている。
アリエルさんはあくびをしながらダイニングへ入り、私の顔を見るなり顔を歪める。
「げっ……お前……」
「おはようございます。アリエル様」