149.四姉妹とお母さん 後編
「五年前。母上は依頼に行って、その途中で帰らぬ人となった」
「依頼先で……ということは、魔物に?」
「ううん、そうじゃない」
小さく、シラユキさんは首を横に振った。
「なら、どうして……」
依頼に行って亡くなった原因のほとんどは、やはり魔物に殺されたというのが多くを占めている。
私も冒険者を何年もやっているのだから、そういう人を何人も知っているし、目の前で見たことだって当然ある。
でも、四人のお母さんが亡くなった理由は違うらしい。
私の疑問に答えたのは、シラユキさんではなくてアリエルさんだった。
「――アイツに殺されたんだ」
「アイツ?」
「親父だよ」
「え……?」
アリエルさんの親父、それはつまり四姉妹の父親で、サンズさんのことだ。
サンズさんが自分の奥さんであり、四人の母親でもある人を殺したというのだろうか?
いや、でも、さすがにそんなことって……。
だけど、アリエルさんに冗談を言っている様子はなく、瞳には憎悪の火が燃えているように見えた。
混乱していると、シラユキさんが口調でアリエルさんを諭すような、宥めるように言った。
「アリエル」
「あぁん?」
「それは違うだろう」
「はあ? 何が違うってんだッ!」
アリエルさんが怒気を含んだ苛立った言葉をシラユキさんに投げかけながら、テーブルを「バンッ!」と思いっ切り叩いて立ち上がる。
ギロリと長女を睨みつける眼光は、普通の人ならば震えあがってしまうほどに鋭く怒りに満ちていた。
次女、アリエルさんの言動にジャスミンさんは「どうしよう」と不安で顔をいっぱいにし、ベルさんは怯えたみたいに顔が引きつっていた。
けれど、さすがは長女と言うべきか。シラユキさんは表情を変えることなく、アリエルさんを見つめている。
「アリエル、座るんだ」
「ふざけんな! オレが間違ってるのかよ?」
「別にそうは言っていないだろう」
「アイツだけはお母さんの身体のことを知ってたんだぞ? 殺したも同然だろうがッ!」
「……お前の言いたいことはボクにだってわかるさ。けれど、一度落ち着いてくれ。クロエに誤解をさせるわけにはいかないだろう」
シラユキさんに諭されて、アリエルさんは舌打ちをすると、
「わーったよ、くそっ」
後頭部をガシガシと掻きながらドッカリと椅子に腰を下ろした。
一食触発の空気が和らぐと、私の隣の席にいるベルさんがほっと胸を撫で下ろしたのが伝わってきた。
「ごめんね、クロエ」
「いえ……えっと……」
「まずは訂正をさせてほしい」
「訂正ですか?」
「あぁ。アリエルの言い方だと、まるで父上が母上を殺した、あるいは誰かを雇って母上を殺害したように聞こえたかもしれない。けれど、そんな事実はない」
「そう、ですか」
とりあえずは一安心することができた。
シラユキさんの続ける言葉に耳を傾ける。
「母上は……依頼の途中で、何の前触れもなく突然倒れたらしい」
「倒れた……?」
「ボクたちは一緒にいたわけじゃないから、当時、同じパーティーだった冒険者の話だけどね」
「それは、病気か何かで」
「ある意味では、そうとも言えるかもしれない」
「どういうことですか?」
眉をひそめながら尋ねる。
「母上は、元々あまり身体が強くなかったんだ。幼いときは外を走ることもできなかったと聞いた」
「でも、冒険者になれたんですよね?」
身体が弱いからといって、冒険者になれないわけではない。
けれど、四人から聞いた話では、魔法の他に剣も扱っていたみたいだから、体力がなければ成り立たない。
走ることさえ難しいのならば、剣を振り回すことなどできないだろう。
「魔法の制御ができるようになるのと比例して、少しずつ運動も平均並みにできるようになっていったらしい。実際には、魔力で補っていただけみたいだけど」
たしかに、四人の魔力の質や、話を聞く限りでのお母さんの魔法の技術ならば、ある程度魔力で動きを補うことは可能だったのだろう。
「けれど、根本的な部分は変わっていなくて、とても疲れやすい体質だった、と後になって聞いた。依頼の後や、大きな祭りの後なんかは、起き上がることができなくなったり、ひどいときは血を吐いたり……していた、と。ボクたちの前では決して見せなかったけれど……」
それは、魔法はあくまでも肉体の補助ができるだけ、ということに関係している。
魔法ではその人の体力が劇的に増やしたり、強靭な肉体を得られたりはしないのだ。
例えば、握力の補助をして人よりも長く剣を握れるようにする、とか。指先や足先が冷えなくする、とか。
私が魔力で腕を強化したところで、騎士団長さんと腕相撲をして勝てるようになるわけではない。そんなに劇的な変化は起こせない。
「ボクたちは知らなかった。母上は他の人たちと同じなのだと勘違いをしていた」
「でも、それは」
「そうだね。母上も父上も誰にも見せないように、知られないようにしていたんだろう。ボクたちに心配をかけないように。そういう人たちだ」
後悔するように下唇を噛んで、シラユキさんは「だけど」と続ける。
「よく考えたら、わかることなんだ。母上はボクら四人を産み育てて、それでもギルドの第一線で戦っていたんだ。それだけでも大変なのに魔法で身体を補いながら、強い魔物とも戦っていた。それで身体を壊さないほうがおかしい」
魔力は魔法に変換する際に、肉体に多少の負担がかかる。
大声を出したり、叫んだりを繰り返せば喉が痛くなるのと同じで、それはどうしようもない。
ただ、四人のお母さんの場合は日常的に弱い肉体を補助するために魔法を使用しなければならなかった。なおかつ、強大な魔物を相手にするのなら、相応の魔力を消費するわけで、肉体への負担も増す。
彼女の場合は、基礎的な体力を補っているところに、さらに負担を強いられるわけだから、他の魔法使いの何重もの負担が、知らず知らずのうちに身体にかかっていたのだ。
これは誰にでもできる技じゃない。普通は耐えられない。
きっと四人のお母さんの魔法の技術、言わば、魔力を魔法に変換して使用する効率の良さ、などがあったから、数十年もの間を過ごすことができたのだ。
シラユキさんたち娘の存在も大きかっただろうが、気力や根性もすさまじい。
「母上を失ったことで、父とはすれ違うことが増えた。稽古だけでなく、生活の中のちょっとしたことでも喧嘩ばかりしてしまって、それで」
家を飛び出して、四人でこのお屋敷にやって来た、ということらしい。
と、シラユキさんの言葉を静かに聞いていたアリエルさんが再び口を開いた。
「アイツは――親父はお母さんを止めなかった。アイツだけはお母さんの身体のことをずっと知っていたんだ。それなのに止めなかった。そんなのは、殺したのと同じだろ!」
「きっと、父上だって母上のことを止めようしたとボクは思うよ」
「関係あるか! 結果としてお母さんは死んでるんだぞ?」
「母上は冒険者として生きる道を選んだ、そういうことじゃないかな」
「だとしても……止めない理由になるのかよ!?」
「それは……」
「冒険者を続けるとしても、せめて、お母さんの身体を蝕んでいる魔法を使わないように言うべきだったんだッ!」
アリエルさんの心の奥からの叫びにも思える言葉に、私ははっとした。
四姉妹の中でも、アリエルさんは特別に魔法のことを嫌って、指導役を追い返そうとしていた。
自身には魔法の素質があり、より強い冒険者になれるというのに、だ。
「あの」
「あ?」
「アリエルさんが魔法を嫌っている理由って」
「……そうだ」
私の言葉を肯定して、アリエルさんはグッと強くこぶしを握り締め、ギリッと歯噛みする。
「お母さんを殺したアイツと同じくらい魔法が嫌いになった。お母さんに魔力がなければ、魔法を使えなければ、今も生きていたんだから」
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