148.四姉妹とお母さん 前編
「皆さんのお母さんについて……」
シラユキさんの口から衝いた言葉に思わず私は息を呑んでしまった。
四姉妹の母親。
ティナさんから、数年前に亡くなっていると聞いている。
そして、それがきっかけとなって四人は魔法を嫌うようになり、サンズさんの元を飛び出したとも。
間違いなく、四人に大きな影響を与えている人だ。今も、昔も。
四人にとっては自分たちだけの大切な思い出であり、かつ悲しい記憶でもあり、他人に土足で踏み入られたくない場所だ。
指導役として来たばかりの頃、アリエルさんにお母さんの話題を出して、激怒されたことを思い出す。
心にある禁断の箱、とでも言えるかもしれない。
「いつかはクロエにも話さなければと思っていたんだ。だけど、なかなかタイミングがなくてね」
ちらとシラユキさんは神妙な面持ちで俯き加減でいるアリエルさんを見て続ける。
「だけど、こうして四人で魔法を学ぶことになって、今がいい機会かなって。改めて四人で魔法を学び始めるのなら、やっぱり、先生であるクロエには話しておくべきだし、聞いてもらいたいと思ったんだ」
「いいん、ですか?」
「あぁ、聞いてほしい」
力強いシラユキさんの瞳。
ジャスミンさんとベルさんに視線を向けると、二人ともコクンとうなずいてくれた。
シラユキさんに視線を戻して、耳を傾ける。
「母上は、ボクたちと同じ冒険者だった」
「やっぱり、そうなんですね」
四姉妹の持っているポテンシャルを考えると、サンズさんだけではなくて、お母さんも超一流の冒険者で、優れた魔力を保有していたと言われても納得ができた。
むしろ、そうでないと不自然なほど、四人は四人ともが洗練された魔力を保有している。
「ああ。剣と魔法のどちらにも優れていて、ボクたちはもちろん、カタリナですら当時は全くと言っていいほど歯が立たなかった」
「え、カタリナさんがですか?」
「いくらカタリナといっても、昔の話だからね。母上には、ボクもすごく鍛えられたよ……」
そのときの光景を思い出したのか、シラユキさんが苦笑を浮かべた。少し、懐かしむような寂しがるような表情も滲んでいた。
「特にアリエルは、母上と剣術の練習をよくしていたよね?」
「……あぁ」
噛み占めるように短くアリエルさんは答える。
アリエルさんは特にお母さんのことを好いていて、憧れていたらしいから、
「お母さんの特訓、懐かしいね!」
ジャスミンさんも思い出したことがあったのだろう。
前のめり気味になって言葉を紡ぐ。表情はやはり、シラユキさんと似たような過去を懐かしむものだった。
「アタシもお母さんから一本も取れなかったって言うか、そもそも掠らせるのもできなかったなぁ」
「ベ、ベルはあんまり、そういう思い出は、ないかも……」
「そっか。ベルは剣術の練習とかは、あのときしてなかったもんね?」
「う、うん……」
ベルさんは四姉妹の仲では運動が得意ではないタイプだから、剣術や体術を通しての触れ合いは少なかったらしい。
裏を返せば、お母さんが強制しなかったということだ。
「あ、そうそう。アタシ一回、木の上から不意打ちしようとしたことがあって」
「ジャスミン、そんなことしたのかい?」
呆れと驚きが半分ずつ、といった表情のシラユキさんに、ジャスミンさんは「あはは……」と後頭部を掻いた。
どうやら、ジャスミンさんは昔から元気が有り余るほどあって、お転婆だったらしい。
「なんとしてもお母さんから一本取りたかったのかも、なんて」
「まったく……、それで?」
「もちろん、ダメだったよ。他の人と話しているときに飛び掛かったんだけど、普通に躱されて腕を捻られて地面に押さえつけられた」
「そ、それ……だいじょぶ、なの……?」
恐る恐る、と言った様子でベルさんが尋ねる。
「ちょっと痛かったけど、大丈夫。アタシが悪いんだし」
「そ、そうなんだ……」
「今にしてみたら、あれがお母さんの本気を感じた一番の出来事だったかも」
「いきなりだったから、さすがの母上でも加減ができなかったんだろうね」
「あー、たしかにお母さんもユキちゃんと同じこと言ってたよ。それですっごく謝られたの覚えてる」
当時を思い出したのか、しゅんと反省するようにジャスミンさんは肩を小さくさせた。
そのジャスミンさんの髪を、シラユキさんが優しく撫でる。
次いで、ベルさんが話し始めた。
「ベルは、本を読んでもらった記憶がたくさん、かな……」
「そうだね。ボクも母上の膝の上で本を読んでもらっているベルの姿を思い出せる」
「うん……。お母さんの声、好きだったな……」
しんみりと、ベルさんがつぶやいた声は夜の静かなダイニングの空気に溶けていった。
静寂が辺りを包み込む。
と、シラユキさんがはっとして、顔を私へと向けた。
「あ、クロエ、ごめんね」
「え?」
「ボクたちの思い出話ばかりしてしまって。母上について、だよね」
「全然構わないですよ」
「そ、そうかい?」
「はい。皆さんのお母さんのこと、ちゃんと伝わってきていますから」
「それなら、よかった」
それぞれの優しい口調と表情で、四人にとってお母さんがどのような存在だったのか、十分以上に感じ取ることができた。
アリエルさんは、まだ心の整理ができていなくて、自分から思い出話に混ざることはできないのかもしれないけれど……。
「それに皆さんがどれだけお母さんのことを好きだったのかも、すごく」
「そう、だね。ボクたちはみんな、母上のことが好きだった。だけど……」
と、シラユキさんは一旦言葉を区切った。
わずかに顔が俯いて、それに伴って妹たち三人を取り巻いている雰囲気も緊張したものとなり、いよいよ核心に迫るのだなと思った。
「もしかしたら、クロエもティナやカタリナから聞いているかもしれないけれど」
「はい……」
「母上は亡くなった。あれからもう、五年も経つ」
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、ご感想、ご評価などよろしくお願いします。
下部にある☆を★にしていただけると嬉しいです。