147.クロエと四姉妹からのお呼び出し
その日の夜。
夕飯や入浴を終えて、私は自室で明日の予定について考えていた。
朝はいつも通り練習をして、お昼くらいにアポロンへ行くことにしよう。夏期講習のことをサンズさんに伝えて許可をもらわないといけない。
ギルドへ行っている間、四人には何か簡単な依頼でもこなしてもらおう。
普通に考えれば、講習受講の許可は下りると思う。
サクラの言うように学院都市で講習を受けられる価値をサンズさんは理解してくれるはずだ。
この経験は四姉妹の成長にも、将来ギルドマスターを継いだときにも必ず生きてくる。
とはいえ、不安材料もある。
私たちがアムレの街で事件に巻き込まれて、そう時間が経過していないことだ。
そりゃあ、冒険者なのだから、何をするにしても多少の危険は伴う。
それはサンズさんも承知の上だろうけど、少なくとも一か月以上は王都を離れることを許可してくれるだろうか。
たぶん杞憂で終わるだろうけど、他でもない四人が行きたいと言っているのだから、私はきっちり説明をして行けるようにしないと。
仮に行けなくなったら、サクラにも申し訳ないし。
サクラは私たちが夏期講習に来るのを確信しているみたいだったけど、正式に行けることになったら学院都市のサクラ宛てに手紙を書かなくては。
って、そうそう。
四人が行きたいって言っていたのが気にかかっていたのだ。
特にアリエルさん。
シラユキさん、ジャスミンさん、ベルさんが学園都市に行きたい、そして夏期講習を受けたいというのは理解できる。
ジャスミンさんは、四姉妹のなかでも一番魔法について学ぼうとしてくれているし、シラユキさんは魔法の制御に繋がるものを掴めるかもしれない。ベルさんも魔法についてはもちろんだけど、大きな図書館なんてまさに聖地だろう。
でも、アリエルさんは?
他の姉妹が行くと言ったから、自分も行くと言ったわけではなさそうだった。
となると、シラユキさん、ジャスミンさん、ベルさんと同じように講習を受けたいと思う理由があるわけで。
でも、学院都市の講習は当然魔法についてだ。
あのアリエルさんが魔法について学びたいと思ってくれたとは、残念だけど考えずらい。
……本人に聞いてみるのが一番かな。
そう思っていると、扉がノックされた。
「クロエ。ボクだ」
「シラユキさん?」
返事をして、こんな時間に何の用事だろう? と首をひねる。
シラユキさんの個人レッスンは、今日は行わない日だけど。
扉を開けると、白色のワンピーススタイルの寝間着を来たシラユキさんの姿があった。
「遅くにごめんね。もう寝るところだった?」
「いえ、大丈夫です。どうかしましたか?」
「少し、話をしたくて。ダイニングに来てくれないかな」
「構いませんけど、私の部屋でもいいですよ?」
わざわざ手間だろう、と思って言ったのだけど、シラユキさんは首を横に振った。
「あぁ、いや。できれば来てほしい。妹たちも待っているからね」
「妹たち?」
「うん。みんなでクロエに話がしたいんだ」
「みんなで?」
みんなで、と言うと四人とも、ということだろうか?
何についてなのか、よくわからないけど、ちょうどいい。
私も聞きたいことがあったのだ。
「アリエルさんもいらっしゃいます?」
「アリエル? あぁ、全員いるからね」
「よかった。私もちょうどアリエルさんに聞きたいことがあったんです」
シラユキさんと廊下を進んで、三人が待っているダイニングへ向かう。
その途中。シラユキさんが「今日のことだけど」と切り出した。マイペースすぎるサクラの様子を思い出したのか、珍しく苦笑が浮かんでいる。
「サクラさん、なんというか……すごい人だったね」
「あはは……ほんとすみません」
「いや、謝らなくていい。サクラさんのおかげで講習を受けられるわけだし、ボクも相談をさせてもらった」
「相談ですか?」
そういえば、シラユキさんとサクラとの会話の中に、そんなことを匂わせるものがあったなと思い出す。
シラユキさんは私とアリエルさん、ベルさんがお屋敷に戻る前に訪れていたサクラと先にお茶をしていたから、そのときに何か相談したのだろう。
「魔力の制御について、少し……ね」
「そう、でしたか」
「まぁ、その場にジャスミンもいたから、あまり具体的には言えなかったんだけどね。だから、サクラさんの答えも抽象的な感じにはなってしまって」
苦笑を浮かべるシラユキさん。
だけど、真っすぐな芯の通った決意めいたものを感じさせる口調で続ける。
「でも、学院都市に行きたいって思ったよ。何か掴めるかもしれないって、そう思った」
「すごく、良いと思います」
「だろう? ははは、こうして自分の魔力と向き合おうと思えるようになったのも、クロエのおかげかな」
「そんなこと」
「あるある。間違いなく、確信を持ってボクは言えるよ。クロエは一番の先生だって」
「シラユキさん……」
嬉しさ半分、恥ずかしさ半分でシラユキさんを見つめると、シラユキさんも照れたように頬を朱に染めていた。
そのほっぺたを指で掻いて、シラユキさんは別の話題を振った。
「そうだ。昔、一緒に冒険をしてたって言っていたけど、いつからの付き合いなんだい?」
「サクラと、それからメリダとは小さいときからずっと一緒なんです」
「小さいときから、か。なんだかボクたちみたいだね」
「あ、たしかに。そうかもしれません」
私にとってのサクラとメリダは、友達と言うよりもマブダチであって、家族みたいなものだ。
シラユキさんにとってのアリエルさん、ジャスミンさん、ベルさんと同じような感じかもしれない。
今となっては。
四姉妹もそれに近い存在になっているのかもしれない。ファミリアだし。
っていうのは、さすがに勝手すぎるかな?
アリエルさん辺りには、ものすごく嫌がられそうだった。
ダイニングへやって来ると、シラユキさんの「みんなで」という言葉通り、姉妹全員がいつもの席に座っていた。
アリエルさんはテーブルに頬杖を突き、ジャスミンさんは落ち着きなく身体を左右に揺らし、ベルさんはこくりこくりと首を揺らして意識の半分ほど眠っているみたいだった。
「あ、クロエ!」
夜でも変わらず元気のいいジャスミンさんの声で、アリエルさんとベルさんも私のほうへ顔を向ける。
遅くなってごめんね、と言うシラユキさんについていくように、私もダイニングのいつもの席に座った。
四人に囲まれたこの席に座ると、やはり気になったのは明らかに眠たそうなベルさんで。
長女のシラユキさんはすぐに気づいて声をかけた。
「ベル、大丈夫かい? ダメそうなら寝ても」
「……ぅ、ベルも……起きて、う……」
「無理しなくてもいいんだよ?」
「や、やだ。大事な、お話だもん……」
普段以上に強情で意志の固そうなベルさんの言葉に、シラユキさんは折れて「わかった」とうなずいた。
続いて、シラユキさんが視線を送ったのは、なんだか複雑で物憂げな表情を浮かべているアリエルさんだった。
短く息を吐いて、シラユキさんはアリエルさんに尋ねる。
「アリエル、いいんだよね?」
「……あぁ」
「わかった」
首肯して、シラユキさんは真剣な表情で私に視線を向けた。
シラユキさんだけでなく、アリエルさん、ジャスミンさん、ベルさんにもじっと見つめられて、ダイニングにはどこか緊張感をはらんだ空気が漂った。
ゆっくりと、シラユキさんは桜色の唇を開く。
「クロエ――」
そして、告げた。
「――ボクたちの母親について、君に話そうと思う」
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、ご感想、ご評価などよろしくお願いします。
下部にある☆を★にしていただけると嬉しいです。