146.サクラの真意
「ん、そろそろサクラちゃんはお暇しようかな」
紅茶を一口飲んで、机にカチャとカップとソーサーを置いてサクラが言った。
時刻は夕暮れに向かっているけれど、窓の外ではまだ太陽が輝いていた。
夕飯でも一緒に食べればいいのに、と私はサクラを呼び止める。
「もう行くの?」
「ちょっとこのあと一件だけ用事があって」
「あ、そうなんだ……」
それなら無理に夕飯に誘うことはできないな、と諦める。
せっかく久しぶりに会えたわけだし、メリダも誘ってと思ったけど仕方ない。
その機会はまたいつでも訪れるだろう。幸いなことに私とメリダは王都にいるから、サクラの研究が一息ついて王都に来てくれればいつでも会えると思う。私とメリダがそっちに行ってもいいし。
それに、サクラとは夏期講習で学院都市ですぐに再開することになる。
ご飯やその他もそのときにできるだろう。
メリダと三人で何かをするのは、またのお楽しみということで。
と思っていると、サクラの両手が私のほっぺたをむぎゅっと包み込んできた。
まるで犬でも可愛がるようにわしゃわしゃとされる。
「にゃ、にゃにふるのさ……?」
「もう~、サクラちゃんともっと一緒にいたのはわかるけどぉ~、そんな寂しそうな顔しないでよ~」
「し、してないよ……」
「またまたぁ~。ま、そんなところも可愛いんだけど。愛してるぞ、クロエ♡ きゃっ」
最後までサクラ節全開で、サクラは自分で勝手に言いながら頬を朱に染めていた。
と、サクラはこの後の用事を思い出したのか、おふざけモードをすぐにやめて立ち上がる。
そして四姉妹を見て、
「それじゃ、四姉妹ちゃん。夏期講習で!」
バチーン!☆ とウインクをした。
「ま・た・ね!☆」
スキップでもするようなルンルンとした足取りで、サクラはゴシック調の黒い服を翻すようにダイニングを出て行く。
私も慌てて席を立った。
「皆さん。私はサクラを見送ってきますね」
ダイニングを出て、サクラを追いかけて廊下を早足で進む。
もう少しで玄関というところで追いついた。
「サクラ!」
名前を呼ぶと、サクラが振り返って不思議そうに首をかしげた。
「およ? どうかしたのクロエ?」
「ごめん、ちょっと言っておくの忘れてたことがあって。時間、大丈夫?」
「うん。何?」
「そのさ。夏期講習のこと、なんだかもう行くのが決定みたいになってるけど」
夏期講習には、四姉妹の全員が行きたいと言っていたし、サクラは四人が定員に入れるのを約束してくれた。
とんとん拍子に話が進んでいたし、私も四人が学院都市で学べるのなら大賛成だ。
だけど、私たちはあくまでファミリアなわけで。
「私の独断じゃ決められなくて」
「あぁ……ファミリアだもんね」
「うん。だからさ、もしかしたら――」
「――大丈夫よ」
もしかしたら、行けないかもしれない。
と言おうとしたら、サクラの自信満々な声に遮られた。
「私はあなたたちのマスターに会ったことはないけれど、学院都市で学ぶことの価値がわからない人間ではないでしょう?」
「……それは、うん」
「でしょ?」
私が四姉妹の指導係で、現在ファミリアのマスターをしているのも魔法を教えるためだ。
そう考えると、サンズさんは喜んで学院都市へ送り出してくれるだろう。
ただ一つ心配があるとすれば、ベルさんの事件からまだそう日が経っていないことだ。
学院都市は王都よりも安全だと思うけど、それでも遠出を許してくれるか……。
他の誰でもない四姉妹が自分から行きたいと言っているのだから、私としてもぜひ行かせてあげたい。
明日、きちんとサンズさんに説明をして、許可をもらわなきゃ。
「あ、それともう一つ」
「まだあるの? もしかしてサクラちゃんを引き留めたいだけかにゃ?」
「え、ち、違うよ」
「んふふ、もう~クロエってばサクラちゃんのこと大好きか? 愛してるのか?」
からかうように、けれどどこか嬉しそうな表情で行ってくるサクラ。
自分が用事があるからお暇すると言っていたのに、人をからかう時間はあるのか。
「ちょっとふざけないでって。用事があるんでしょ?」
「あ、そうだった」
「そうだったって……」
「それでなに?」
サクラに言いたいことはあるけれど、サクラが遅れると、この後サクラと用事がある人に迷惑が掛かってしまうので、この場は飲み込んで置く。
「言い方がちょっと誤解を生みそうなんだけど……」
「うん?」
可愛らしく首をこてりとかしげているサクラに、私は少し言葉を選んで言う。
「何が狙いなの?」
「……どういうこと?」
「私に学園都市に来てほしい、何か別の理由があるんじゃないのかなって」
メリダの話だと、サクラは数日前から王都に滞在しているらしい。
このあとの用事のために訪れているのなら、今日に合わせて王都を訪れればよかったはずだ。王都にいる時間は魔法の研究を進めることはできないから、王都にいる時間を少しでも短くしようとするはずなのである。
数日前にも何か用事があったのかもしれない。
でも、それなら日程を全て同じ日に合わせてもらえばいいはずだ。
それにわざわざ王城で私の今住んでいるところを聞いてまで、お屋敷を尋ねて来たってことは、私に会うのも王都での用事の一つだったのではないか、そう思ったのだ。
「……さすがクロエ。マブダチね」
「やっぱり。もしかして、学院都市で何かあったの?」
「ううん、心配させてごめんね? ちょっと研究の手伝いをしてほしいだけだよん☆」
「お手伝い? うん。もちろん、私にできることなら」
「お、さっすがクロエ! ありがと」
「いいっていいって。だけど、その」
「……?」
「シラユキさんやアリエルさん、ジャスミンさんにベルさん、あの四人を巻き込むのはやめてほしい」
サクラの研究の手伝いなんて、絶対ヤバいことをさせられるに違いない。
ちょっと手伝ってほしいなんて言ってるけど、たぶん世間的にはちょっとなんてレベルでは済まないような気がする。
第一、外部の私に頼む時点でヤバい匂いがしまくりである。
四姉妹は講習に集中してもらうためにも、それは約束してもらわないと。
サクラは少し驚いたように目を大きくさせていたけれど、すぐに表情を戻した。そして、ボソッと小さくつぶやく。
「……ふぅん。なんだか嫉妬しちゃうなぁ」
「へ?」
何かを話していたのはわかったけど、具体的な内容は何も聞こえなかった。
「ごめん、聞こえなかったんだけど、何て言ったの?」
「ううん、なんでもないよん。気にしないで」
「そう?」
気にはなるけど、サクラ本人がそう言うのであれば仕方ない。
「四姉妹ちゃんのことは安心して? 最初からクロエだけに頼むつもりだったし」
「それなら、よかった」
「研究で欲しい鉱石があるんだけど、それがちょ~っと面倒な魔物の相手をしなくちゃいけなくて。あ、詳しいことは学院都市で、また」
「うん、わかった。引き留めてごめんね」
随分とここでも話をしてしまったような気がする。
サクラの次の用事の時間は大丈夫だろうか。
「気にしなくていいのよ、マブダチなんだから。四姉妹ちゃんの夏期講習が決まったら、あなたにうちから手紙が届くはずだから」
「おっけー。ありがと」
「ううん。じゃあ。またねーん☆」
大きく手を振って、サクラは玄関を出ていった。
見送っていると、サクラが一度振り返って投げキッスを飛ばしてきたので、「早く用事に行け!」という意味を込めて手で払う。
お互いに再度手を振ると、今度こそ、サクラの背中は見えなくなった。
まるで嵐のようだったサクラの襲来を終え、私は大きな息を吐き出すのだった。
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