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144.予想外の返事

 特別夏期講習か。

 学院都市って、もっと閉鎖的な場所だと思っていたので、外部に向けた講習をやっているなんて少し意外だ。

 でも、たしかにこれならファミリアのみんなで行けるかもしれない。


 なんて考えていると、シラユキさんに名前を呼ばれる。


「クロエ。それ、ボクたちにも見せてもらえるかい?」

「はい。どうぞ」

「ありがとう」


 用紙を手渡すと、シラユキさんはアリエルさんに肩を寄せた。

 まるで「自分は興味ありません」といったように顔を逸らしていたアリエルさんも読めるよう、二人の間に用紙を置く。すると、シラユキさんの目論見通り、アリエルさんは横眼ではあるものの、文字を読み始める。

 ジャスミンさんとベルさんは、それぞれ長女と次女の隣から用紙を覗き込んだ。


 さすがは長女。

 四人ともがちゃんと読めるようにするにはどうしたらいいのか、アリエルさんの性格も含めて熟知している。

 四姉妹が用紙を読んでいる間に、私はサクラに「あのさ」と疑問をぶつけた。


「学院都市って、こういうのもやってたんだね。知らなかった」

「まぁ、ここ数年ね」


 サクラがため息混じりの苦笑を浮かべる。


「ほら、今って冒険者ブームでしょ? だから学院都市で研究者になりたいって人も少なくて。うちも優秀な人員の確保に必死ってわけ」


 近年、冒険者ブームと言われるほど、冒険者になる人が目に見えて増えた。

 そして同様にギルドの数も、昔では考えられないほどに王国各地に増えている。

 すると、どうなったか。

 アポロンなどの一部の大きなギルド以外では、どこも人手不足で無所属の冒険者の取り合いが起きている。

 

 冒険者になるのに特別な資格は必要ない。さらに現状、どこのギルドも人手不足で、ギルドに所属するハードルはほぼゼロに等しい状況にある。

 一人で戦うのは怖いけど、ギルドの仲間と一緒なら……という考えの人も多いようで、ギルド所属が比較的簡単なのもまた、冒険者の数が今も増え続けている理由の一つであった。


 もちろん、アポロンなどの一流ギルドには、そう簡単には所属出来ない。

 しかし、学院都市の場合はその一流ギルドの何倍も難関な試験を突破して王城に認められなければ、研究所に所属はできない。

 そりゃ、学院都市の研究者の数が増えなくても当然と言える。


「学院都市も大変なんだね……」

「まぁね。でも、講習はすごく好評だし、少しずつは興味を持ってくれてる人も増えてきているって感覚もあるの。サクラちゃんが可愛いおかげかもしれないけど!」


 いやんいやんとサクラは腰をくねらせる。

 

「サクラも講習の指導をするんだ?」

「もちのろん。外部の人と接する機会なんてあまりないし、新しい発見や閃きに繋がることも多いから、私以外の先生たちも、講習の指導を楽しみにしてる人って多いの」


 と言い終わったあと、サクラが「あ!」と慌てて付け足す。


「さっきから私たちのメリットばっかり言ってるけど、もちろん指導は手を抜かずにしっかりやらせてもらうから。そこは心配ノンノンよ? 未来の研究員を勧誘するのも大事だけど、それ以上に、みんなに魔法を知って、好きになってもらうのが一番ってみんな思ってるからね☆」

「大丈夫。そこは信頼してる」

「さすがはマブダチね。愛してるー!」

「はいはい。それで一つ質問なんだけど」

「うわ、すごくあっさり返された……なに?」


 首をかしげるサクラに、私は今思い浮かんだ疑問と心配事を尋ねる。


「用紙には講習に応募する生徒の数が多かったら、抽選になるって書いてたけど、好評ってことは応募する人も多いってことだよね?」

「そうねぇ、大体だけどいっつも十倍くらいの倍率にはなってるかなぁ」

「そんなに!?」

「ありがたいことに」


 やっぱり研究員になるかどうかは置いておくとして、学院都市に興味がある人はたくさんいるらしい。

 それに、それだけ人気ということは、授業の内容もいいという証明のようなものだろう。


「その……もし私たちが受けるとして、抽選に選ばれるのかなぁって」

「なんだ、そんなことの心配?」

「だって十倍なんでしょ?」

「数字上は、の話よ。実際は違うから」

「どういうこと?」


 眉をひそめると、サクラが説明してくれる。


「抽選とは言ってるけど、実際は内部の人間とコネがある人は優先的に当選するようになってるから」

「そ、そうなんだ……」

「そうそう。だから四姉妹ちゃんも来るなら、サクラちゃんの教授と言う立場を振りかざして講習を受けられるようにしてあげるから心配しないで?」


 ウインクをバチーンと決めるサクラ。

 だけど、かなりぶっちゃけたことを言ってるような気がするぞ?


「そんなこと言っていいの?」

「別に大丈夫よ。それだけで全ての枠が埋まったことはないから。残っている分は、ちゃんと抽選しているし」

「そっか……それなら、まぁ、うん」

「いい、クロエ?」

「……?」


 四人に聞こえないようにするためか、サクラが私の耳元にそっと顔を寄せる。

 

「学院都市で大事なのは、お金と権力とコネよ?」

「…………」


 ふふふ、と優雅な笑みを浮かべている我がマブダチ。

 言っていることは間違いではないのだろう。

 だけど、マブダチの口から聞きたい言葉ではなかったなぁ……。


「ま、それが全てとも言わないけど」


 そう言って、サクラは四姉妹に視線を向けた。

 私もつられて目を向けると、どうやら夏期講習についての用紙は読み終わっていたらしい。


「さてさて~どうかにゃ? 四人は夏期講習、行きたくなった?」


 サクラの問いかけに、四人はそれぞれの顔を見合わせる。

 そして、


「アタシは行きたい!」


 四姉妹のなかで、誰よりも早く答えたのはジャスミンさんだった。


「学院都市ってなかなか行ける場所じゃないし、アタシは行けるのなら行きたい、かな」

「べ、ベルも……」


 ジャスミンさんに続いてうなずいたのは、末っ子四女のベルさん。

 服の裾をきゅっと握って、言葉を続ける。


「ベルも、行ってみたい……」

「だよねだよね!」


 と、ジャスミンさんはベルさんの手を取って、長女へ視線を向けた。

 それを受けてシラユキさんは、少しの間瞑目したあと、意見を口にする。


「そう、だね。ボクも興味はある。ただ……」


 そう言って、シラユキさんはアリエルさんを見た。

 私もシラユキさんと同じ気持ちだった。


 シラユキさんは、これまで頑なに魔法とのかかわりを断ってきたアリエルさんのことを考えて、はっきり行きたいと断言しなかったのだろう。

 今でもアリエルさんは魔法の指導を受けていない。未だに魔法を受け入れず、遠ざけている。


 そんなアリエルさんが魔法の講習に行きたいと言うとは思えない。

 もしここでシラユキさんも行きたいと言ってしまえば、アリエルさんだけが孤立してしまう。

 姉と妹二人が行きたいと言っている以上、一人だけ反対意見は出しにくいだろう。かといって、行きたくもないのに姉妹に合わせて嫌々行きたいと言わせるわけにも、とシラユキさんの気遣いだろう。


「アリエルは、どうだい?」

「オレ? オレは……」


 アリエルさんの意見に耳を澄ますように、妹二人、ジャスミンさんとベルさんが注視する。


 私としても四人がそろって行けるのなら、そうしたいところだ。けれど、無理やり連れて行くわけにもいかない。

 もし、アリエルさんだけ王都に残ることになったら……そのときはカタリナさんにお願いようかな。

 前にカタリナさんは手伝えることがあったら何でも言ってほしいって、言ってくれてたし。


 とりあえず、同調圧力みたいになるのは嫌だから、断れる空気を作っておこう。

 

「あの、アリエルさん。無理には……」

「あぁん?」


 アリエルさんは煩わしそうに舌打ちをして、大きく息を吐き出した。

 ガシガシと頭を掻いてぶっきらぼうに言い放つ。

 

「……別に、いいんじゃねぇの?」

「アーちゃん!」

「アリエル姉様……!」


 瞳を大きくキラキラさせる妹二人。

 それに対して、姉のシラユキさんは少し驚いたような表情をしていた。

 もちろん、私もシラユキさんと同じで、アリエルさんの意外な返事に驚いたのだった。

 

「アリエルさん、ほんとですか!?」

お読みいただきありがとうございます。


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