139.ベルと書店の帰り道
メリダの書店からお屋敷への帰り道。
お目当ての本を手に入れて、ベルさんは嬉しそうにしていた。
目に見えた表情の変化は少ないベルさんだけど、一緒にいる時間が長くなってきたから段々と私もベルさんのことをわかるようになってきている。
本を読むのが楽しみなのか、いつもより踏み出す足も跳ねているみたいだった。
客観的に見れば、たぶん違いはほとんどないんだけど。
「ベルさん、おまけしてもらえてよかったですね!」
「う、うん……」
うなずいて、ベルさんはわずかに頬を紅潮させる。
会計の時にメリダに要求されたハグを思い出したのかもしれない。
「今日はどんな物語を買ったんです?」
「えっと……」
ベルさんは一度、腕に大切に抱いている本たちの表紙に目を落として答える。
「魔法使いの王子さま、と……お姫様のお話」
「魔法使いですか! へぇ!」
「最近は、そういう系をよく、読んでるの……」
なるほど。
それで魔法の指導も真剣に受けてくれているということか。
本の中の登場人物に憧れる気持ちも、わからなくはない。みんなカッコいいし。
それに王子さまなら魔法を悪いことに使わない――使ったとしても痛い目を見て反省する――だろうから、そういった面でもいい影響がありそうだ。
四人と魔法使いが出てくる物語を読む日を設定してもいいかもしれない。
ジャスミンさんは、すぐに寝てしまいそうだけど……。
「火の魔法使いが出る物語ってないんですか?」
「火? クロエ、みたいな?」
「はい。ちょっと興味あるなぁって」
魔法を使うのは想像力も大切だから、私も今までは物語にあまり触れてこなかったけど、読んでみてもいいかもと思った。
何気なく言ったつもりだったけど、ベルさんの反応は予想外。
目を大きくさせて、グイッと私に顔を寄せてくる。
珍しく興奮しているのか、めちゃ近い。いや、ほんとに近い。
ベルさんは三人の姉たちに比べたら、まだ幼さやあどけなさが残っている。
とはいえ、あのシラユキさんの妹なわけで、美形も美形。
ドギマギしないはずがなかった。
当の本人であるベルさんの羞恥はどこかに行っているみたいだけど。
「あ、あるよ……っ!」
「ほ、ほんとですか?」
「うんっ。よ、読む……?」
「はい。もしかすると私の魔法にも活かせるかもしれないですし、ベルさんの好きなものを知りたいですし」
「ベルの、こと……」
小さな声でボソボソとつぶやいて、ベルさんは俯いていしまった。
「……ベルさん?」
名前を呼ぶと、ベルさんははっと肩を揺らした。
そして私との距離感にようやく気が付いたらしい。顔をかぁっと染めて慌てて離れた。
「な、なんでもない……」
「そうです? それなら、いいんですけど」
「あ……えと、ごめんね……?」
「いえ、私は大丈夫です」
そんなに照れて恥ずかしがられると、こっちまで恥ずかしくなってくる。
悟られぬよう、誤魔化すように何か言葉を探す。
「えっと、じゃあ戻ったら何か貸してもらってもいいですか?」
「う、うん。もちろん」
「ちょっと返すのが遅くなっちゃうかもしれませんけど、大丈夫です?」
「いいよいいよ。気に、しないで……?」
「ありがとうございます」
お屋敷のある住宅地へ向かって、昼下がりの通りを歩いていく。
今は依頼をこなすために王都の外に出かけている冒険者が多いだろうから、これから夕方にかけてどんどん通りを行きかう人の数は増えていくだろう。
通りを進んでいると、ふいにベルさんが足を止める。
「クロエ、あれ……」
「?」
ベルさんに袖を引かれて、視線を向ける。
その先には以前にアリエルさんとデート……じゃなくて一緒にお出かけをしたとき訪れた、アポロンのファミリアである武器屋さんだった。
今日もひと際、賑わっている。
そして、その人たちの中には、
「あれって、アリエルさんじゃないですか?」
「う、うん。アリエル姉様、だよね……?」
格好こそ、前に来たときのようなシラユキさんプレゼンツの可愛らしい服装ではなくて、いつものアリエルさん。
だけど、あの銀髪は間違いなくアリエルさんだった。
武器屋のファミリアマスターであるカイルさんと何やら話をしているみたいだ。
ふと、既視感を覚える。
「前にも同じようなことがあったような……」
「そういえば……うん」
ベルさんも同じことを感じていたらしい。
あれは……たしか、そう!
今日みたいにベルさんとメリダの書店に行った日の帰りだった気がする。初めてメリダのお店に行ったときだよね。
「行ってみましょうか?」
「うん」
私たちの予定はもうないので、アリエルさんと合流してみることにした。
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