138.メリダの本屋にて
事件が解決し、王都に戻って来てから数日後。
私はベルさんと一緒にメリダの書店にいた。
アムレの街で起きた一連の騒動を話すと、
「――それは大変だったわねぇ」
「いや、もうほんとに……」
出発する前にサンズさんは旅行気分でいい、なんて言っていたけど、まさか事件に巻き込まれて解決することになるとは思いもしなかった。
お疲れ様、とねぎらってくれたメリダが包帯でぐるぐるになっている私の右手に視線を向ける。
「手の状態はどうなの?」
「手? あぁ、うん。全然問題なし。シラユキさんに良いお医者さんを紹介してもらって」
「シラユキさんって、たしか長女の」
「そうそう。そのお医者さんの娘さんとシラユキさんが知り合いだったらしくて」
「へぇ、顔が広いのねぇ」
ティナさんも、シラユキさんのおかげで屋敷で使うものを安く仕入れられると言っていた。
指導役を始めたばかりのころは、シラユキさんの女遊びに困っていたけど、まさか助けられる日が来るなんて。
案外、シラユキさんの女遊び、女たらしもバカにはできない。
それだけコミュニケーション能力が優れてるってことでもあるし。
王都に戻った次の日の午前に、私はサンズさんのところへ報告に行くつもりだった。
だけど、シラユキさんが「ボクの知り合いの医者を紹介するよ」と言ってくれ、ジャスミンさんとベルさんも強く同意していたので、先にお医者さんに診てもらった。
そういうこともあって、結局午後からサンズさんのところへ報告に行った。
怒られるかなぁ、もしかしてクビかなぁ。なんて戦々恐々としていたけど、意外にもお咎めはなし。
しかも驚くことに、
「今回の件は私の見通しが甘かった。申し訳ない」
と、サンズさんに謝られてしまった。
やっぱり自分も旅行気分で気楽に、なんて言ったから責任を感じていたのかもしれない。
それと、カタリナさんに聞いた話だと、私が右手の治療をお医者さんにしてもらっているときに四姉妹がサンズさんを訪ねていたらしい。
どうして四人がアポロンに? と尋ねたけどカタリナさんも、シラユキさんたち本人も教えてくれなかった。
うーん?
たぶん、事件の内容を聞かれたんだと思うけど……。
私が一緒にいたら言いにくいこともあったのかもしれない。
四人がサンズさんを訪れた理由はともかくとして。
カタリナさんは、今まで滅多に四姉妹がサンズさんのところへ行くなんてなかったから、サンズさんが四人と話せて喜んでいたとも教えてくれた。
話せたって言っても、父と娘というよりはギルドマスターと所属している冒険者って感じだと思うけど……。
それでいいのかサンズさん。
どれだけ娘とのコミュニケーションに飢えているんだ……。
ていうか、サンズさんって本当に何をして、家出をされるくらいに嫌われているんだろう。
四人が魔法を使わなくなった原因は、お母さんが亡くなったことって聞いたけど、まさかサ
ンズさんが殺したとでもいうのだろうか?
いやいや。まさかね。
さすがにあり得ない妄想だった。
四姉妹にもサンズさんにも失礼だなと心の中でお詫びする。
「あ、そうそうクロエ」
「ん?」
「あの子、王都に帰ってきてるわよ」
「あの子って、え、マジ?」
「まじまじ」
首肯するメリダの表情は冗談の類ではなく、真面目なものだった。
「うちに来たのは三日くらい前かしら。クロエは依頼で王都を離れてるって言ったら、残念そうにしてたわよ。まぁ、しばらくは王都にいるって言ってたけど」
「しばらくって、学院都市のほうは大丈夫なの?」
「さぁ? 早めの夏休みでも取ったんじゃない?」
「そっか。またメリダのところに来たらお屋敷の場所教えといてよ」
「ん、了解」
快く承諾し、メリダは本棚を物色しているベルさんに顔を向けた。
「ベルちゃーん? 何か見つかった?」
「う、うん……」
何冊かの本を宝物のように大事そうに抱えて、ベルさんがこちらへやって来る。
「えっと、一つに……決められなくて……」
「いいのいいのベルちゃん。どうせお金を払うのはクロエなんだから」
優しい笑顔を浮かべながら、さらっととんでもないことを口走るメリダ。
ベルさんの読書欲を舐めないでほしい。
お城を建てる方が安いまである。
「ちょっとメリダ!?」
「冗談よ冗談」
「もう……」
ため息を吐くと、ベルさんが袖を引っ張る。
「あの、やっぱり……選んでくるね」
と、再び本棚へ向かおうと踵を返したベルさんをメリダが呼び止める。
そして、ベルさんに両手を広げて、
「はい、ベルちゃん」
「……?」
「はぎゅ~! ってしてくれたら、おまけしちゃう!」
「え……うぅ」
どうしようか、とベルさんが明らかに困惑しているのがわかった。
本は読みたい。でも、恥ずかしい。
少しの間悩み抜いた末に、読書欲が勝ったらしい。
ぎゅ、とメリダに遠慮がちに抱きついた。
メリダの顔は緩み切っていた。いや、気持ちはわかるけど。
そんなメリダにジト目を送る。
「……それは商売としてどうなのさ」
「え? いいのいいの。だってベルちゃん可愛いんだもん」
ねぇ~? とメリダはベルさんに同意を求めるも、ベルさんは恥ずかしそうに俯いていた。
まぁ、たしかに?
メリダはシラユキさんとは違うお姉さんっぽさがあると思う。
ふんわりとした柔らかな包み込んでくれる雰囲気があるというか。だから本好き仲間であること以上にその性格もあって、ベルさんがメリダに心を開いているのは事実だ。
お前の過去をバラしてやろうかと、ほんのちょっとだけ思った。
今でこそ穏やかで優しい印象のメリダだけど、昔はもうね!
のどくらいまでは暴露話が出てきていたものの、言葉になる前に飲み込んで、お金を支払った。(本当に値引きしてくれた)
「それじゃ、メリダ」
「うん。また」
「メリダちゃん……またね?」
「うんっ! またね、ベルちゃんっ!」
ちょっとちょっと、店員さん?
態度があからさまに違いすぎませんかね?
心の中で不満たらたらになりながら店を出る。
しばらく通りを歩いていると、
「ね、クロエ……」
「どうかしました?」
「その、さっき聞こえたんだけど……誰か、帰ってきた、の?」
「あ、聞こえてました?」
「う、うん……ごめんね……」
しょんぼりとしてしまったベルさんに、慌てて訂正する。
「いえ、それはいいんです。全然、困ることではないですから」
「そう、なの?」
「はい。なんて言えばいいのか、古い友人……が王都に帰って来てるみたいで」
そうなんだ……とベルさんはうなずいていた。
「機会があったらベルさんにも紹介しますね」
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