134.サーナンの誤算
シラユキさんとジャスミンさんを貫こうとした水流の矢は、右手の手のひらでなんとか受け止めることができた。
いや、受け止めた、というよりは右手を盾にしたと言ったほうが正しいかもしれない。
手に当たる瞬間に、こちらも魔法は放った。
けど、サーナンさんも力を込めた一撃だったみたいなので、完全に勢いを殺すことはできず、そのまま手に刺さってしまった。
血が出てるし、普通に痛い……。
で、でも、後ろには行かせなかったぞ。グッジョブ、私。
刺さっている水の矢に自分の魔力を注ぎ込んで蒸発させる。矢が消えると同時に流血の勢いがちょっとだけ増す。
「く、クロエ、大丈夫!?」
背後から驚愕と心配が混ざった声が聞こえてきて振り返る。
ジャスミンさんが今にもこっちに駆けだしそうな勢いだったので、血が出ていないほうの手で落ち着かせる。
「だ、大丈夫です。めちゃくちゃ痛いですけど、大丈夫です!」
「それ大丈夫なの!?」
全然納得できない! といったジャスミンさん。
そりゃそうか。だって血が出てるもんね。
ジャスミンさんの隣にいるシラユキさんも、心配そうな、そして少し泣き出しそうな顔をしていた。
「クロエ……血が……」
「大丈夫ですって。見た目はヤバそうですけど、案外平気ですから」
二人を安心させるため、笑みを作って右手をひらひらと振る。
これがめちゃくちゃ痛い。
すぐに死ぬような怪我ではないけど、見た目と比例して普通に痛いぞ!
「そ、そうなのかい?」
「そうは見えないけど……」
「心配しないでください。私は大丈夫なので、二人はそこにいてくださいね!」
二人に大丈夫だと言ってしまった以上は、ちゃんと結果も出さなきゃね。
気合を入れ直して、サーナンさんに向き直る。
サーナンさんは驚いたように目を大きくさせていた。
「まさか、自分の右手を犠牲にして後ろのやつらを守るとは……」
素手で魔法を受け止めて、シラユキさんとジャスミンさんへの攻撃を防ぐというのは、さすがに予想できなかったらしい。
「そこまでする価値があるのか?」
「価値とか、そんなのじゃないですから」
「まぁ、どうでもいいが、その状態では右手はもう使えないだろう」
ポタポタと床に血液を滴らせている私の右手を見て、すぐに薄っすらとした気味の悪い笑みを浮かべる。
「また一つ、俺に都合がよくなったな」
「そんなに変わんないですよ」
「はっ、どうだか」
私が剣士だったら、剣を握る力が弱くなってしまっただろう。だけど、魔法を使うのに問題はない。
痛いってことと、右手で魔法を使ったら、多少血が出るんだろうなってくらいだ。
「その強がりがいつまで続くかな!」
サーナンさんが魔方陣を展開させる。再び水流で鋭利な矢を創り出し、一気に放った。
右側ばかり狙ってくるあたり、本当にこの人はいい性格をしている。
向かってくる水の矢に狙いを定めて、
「消し飛ばせ!」
真紅の魔方陣から、炎の渦が現れてサーナンさんの魔法を飲み込んだ。
右手の影響もあって、細かな制御ができなかったから思っていたよりも火力が大きい。
水魔法と衝突したとはいえ、私の炎は鎮火されることなく、むしろ勢いを増してサーナンさんへと襲い掛かる。
「くそっ! まだこんな魔法が使えるのかよ!」
叫びながら、サーナンさんは防御のために大量の水を創り出して炎を受け止めた。
白煙が晴れて、姿が見えたサーナンさんは肩で息をしていた。
どうやら、かなりの魔力を消費したらしい。
今の防御もそうだけど、攻撃でもかなり大掛かりな激しい魔法を使っていたから、当然と言えば当然である。
見た感じだと、後ろにいるシラユキさんとジャスミンさんを巻き込む広範囲の魔法は、もう使えないと思う。
油断はしちゃダメだけど。
「くそがっ!」
まだまだ好戦的なサーナンさんが水で創り出した槍を放ってくる。
だけど、もう初めの頃の威力はなくなっていた。
私の魔法に簡単にかき消される。
ちょっとだけ、戦況は私に優勢に傾いてきたかな?
(主よ、燃やすか? 彼奴を燃やすか?)
(燃やさないよ……)
シャルの燃やしたがりな性格、なんとかならないものだろうか。
とはいえ、サーナンさんに対してなら半分くらいは理解できなくもない。
(燃やすのはダメだけど、焦がすくらいなら)
(かかっ、さすがは主。では、遠慮なく我が焔で炭になるまで焦がしてくれよう)
(いやいや、それ燃やすのと同じだから……)
(心配するでないわ、我とて冗談である。焦がし殺せばいいのであろう?)
(だから殺しちゃダメなんだって! あと、焦がし殺すってなに!?)
初めて聞いた言葉だった。
たぶん、焼死させるのと同じだと思う。ていうか、同じだろう。
ベルさんと子供たちの居場所を聞かなきゃいけないんだから、それはダメだ。
シャルに改めて注意をしておこうと思ったときだった。
建物の外からドォーン! という大きな音とともに数人の悲鳴のような声が聞こえてきた。男声のもののようだけど、何が起きたのだろう。
まさかサーナンさんが何かを仕掛けたのでは、と思ったけど、その顔は私と同じように「何が起きたのか」というような表情をしていた。
サーナンさんにとっても、不測の事態が起きたらしい。
いったいが何が起こったんだろう……?
眉をひそめていると、
「クロエ、クロエ!」
窓から首を出して外を見ていたジャスミンさんが興奮気味に話す。
「なんか、外でカタリナが馬車と、男の人たちを捕まえてる!」
さらにジャスミンさんは続ける。
「アーちゃんもいて、ベルも!」
「——ッ! それって!」
そっか。
人食いを倒したアリエルさんとカタリナさんが別荘に向かう途中で、ベルさんと子供たちを乗せていた馬車と遭遇したんだ。
もちろん、サーナンさんの仲間たちがカタリナさんに勝てるはずもなく、ベルさんと子供たちは無事に救出された。
ジャスミンさんの言葉に、サーナンさんは呆然としていた。いや、するしかなかったのかもしれない。
「うそ、だろ……」
「サーナンさん。もう終わりです。これ以上は止めましょう」
「はい、そうですかって言うわけねぇだろ!」
「どうして」
ギリッと歯ぎしりをして、サーナンさんは私を睨みつける。
「ここまで来て今更! こんなところで終われるかよ! もうなりふり構わねぇ。ガキどもはいなくても、まだお前らがいるからな」
「シラユキさんとジャスミンさんには絶対に触れさせませんからっ!」
ここで私たちが人質にされると、せっかくカタリナさんとアリエルさんがベルさんと子供たちを助けてくれたのに、またややこしくなってしまう。
ベルさんたちの居場所はもう聞かなくてもいい。
私がすべきことはただ一つ。
遠慮することなく、サーナンさんをとっ捕まえるだけだ。
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