132.誘拐事件の理由は
その後、何人かの相手と戦いつつ(シラユキさんとジャスミンさんの活躍もあって危なげなく突破)、ついに一番奥の部屋の前にたどり着いた。
間違いなく、ここにベルさんと子供たち。
そして嫌だけどサーナンさんもいる。
シラユキさんとジャスミンさん、それぞれの顔を見る。
二人ともベルさんに再開できるからか、それとも最終決戦となるからか、そのどちらもなのか。どことなく緊張した面持ちだ。
いきなり魔法で攻撃されるかもしれないので、二人には少し離れてもらって、ゆっくり扉を開く。
「——思ったよりも遅かったな」
「……サーナンさん」
部屋の最奥にある机の上にサーナンさんは座っていた。
声や雰囲気はいつもの気だるげなものだけど、薄っすらと浮かべられている笑みに不気味さを感じずにはいられない。
警戒しながら部屋に入って来た二人も、シラユキさんは剣を構え、ジャスミンさんもいつでも魔法を放てるように準備をする。
「サーナンさん」
「あぁん?」
「本当にあなたが誘拐犯なんですか?」
「それは違うと言ったら、信じると?」
「……いいえ」
「なら、答えるまでもない」
たしかにその通りだなと思う。
実際に私たちはサーナンさんが見張りの男と話をしているのを見たのだ。
まだ心のどこかで、サーナンさんが誘拐犯であると信じたくないと思っていたのかもしれない。
カミュさんたちフローロの人はいい人ばかりだから、悪いことはしない。誘拐事件に手を貸したりしていない、と。
でも、そんな虫のいい話はなかった。
すたっとサーナンさんは机の上から飛ぶように下りて、私たちを見る。
「てっきりカタリナも一緒かと思いきや、新参ファミリアのあなたたちだけとは。カタリナはどこに?」
「カタリナさんは人喰いの相手をしてもらっています」
「あぁ、人食いの。そりゃあ都合がいい」
都合がいい……?
たしかにカタリナさんとアリエルさんは別行動になって、戦力は分散した。
けれど、そのおかげで私たちは別荘に侵入して、サーナンさんを追い詰めているのだ。
この場にカタリナさんとアリエルさんもいてくれたら、心強いのは間違いないけど、サーナンさんがピンチなのは変わらない。
私たちがここにいる時点で、都合は悪いはずだけど……。
首をかしげていると、ジャスミンさんがするすると近寄って来て小声で言う。
「ねぇ、クロエ。ベルたち、いなくない?」
「そういえば……」
部屋の中を見渡してみる。
けど、どこにもベルさんや子供たちの姿はなかった。
シラユキさんも怪訝そうなに眉を寄せる。
「来る途中にはいなかったよね?」
「そのはずです」
見落としたわけではないと思う。
途中で倒した犯人の仲間たちも、この部屋にベルさんたちがいると言っていたし。
この部屋の奥に隠し部屋のような場所があるのだろうか?
ふと、違和感を覚える。
いないのはベルさんたちだけじゃない。
相手もサーナンさん一人しかいないのだ。途中で何人も倒してきたとはいえ、それでもサーナンさん一人だけというのはおかしい。
「……ベルさんたちはどこにいるんですか」
「どこって、どこにもいない」
「どういう意味ですか」
「そのままの意味だよ。もうこの別荘にはガキどもはいねぇのさ」
「まさか……!」
私たちが別荘の中を探している間に、別の場所に移動させられた!?
サーナンさんは昨日の段階で私たちとカタリナさんがこの別荘に来るのは知っていた。だから、その前に子供たちを連れて逃げるつもりだったのだろう。
けど、その最中に私たちが別荘に来たことを知って少し変更をした。
一人だけで残ったのは、おそらく時間を稼ぐためだ。
「本当は、俺は適当に時間を稼いで逃げるつもりだったんだが」
サーナンさんはふっと笑みを作る。
「カタリナがいないのなら話は別だ。お前らも一緒に連れて行くか、ここで死んでもらう」
「どうして、こんなことを」
私たちが誘拐犯の拠点があると目星をつけた場所は、サーナンさんも全て把握している。
ということは、それ以外の場所に逃げているということだ。
いったい、何が目的でここまでのことをするのだろう。
「お前らには言ってもわからんさ」
ふっとため息を吐き出して、サーナンさんは肩を竦める。
呆れたような、諦めたような仕草に見えた。
「大きなギルドで、のうのうと楽しているお前らみたいな奴には」
「別に私たちだって、そんな――」
「いいよ、わかってもらえるとは思っていない。だが、俺だってここで止めるわけにいかねぇんだ。新規ファミリアだか、マスターの娘だか知らんが、ここで死んでもらう」
これ以上の話し合いは無用、とサーナンさんは魔法をいつでも放てるよう構えた。
こうなったら、やるしかない。
サーナンさんを倒して、ベルさんたちを迎えに行くんだ。
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