129.潜入
「シラユキさん、ジャスミンさん。心の準備をお願いします」
サーナンさんは当然ながら私たちがこの森を訪れているのを知っている。
ということは、私たちが別荘を発見するまでに別の拠点に移動される可能性もあった。
少し急いで行動すべきだろう。逃げられてしまうと、また探さなければならなくなる。
様子見はここまでだ。
シラユキさんとジャスミンさんはコクッと力強くうなずいてくれた。
「ボクはいつでも大丈夫だよ」
「アタシも」
「では、私がまず見張りを倒しますので、そのあと別荘に入ります」
「わかった」
ちらと見張りへ視線を向ける。
見張りの男は再度あくびをして、油断しきっていた。
このチャンスを見逃すわけにはいかない。
私は右手に魔力を集中させて、赤い魔方陣が展開されると同時に魔法を放った。
寸分の狂いもなく真っすぐに見張り男へ向かっていく。
「——ぎゃっ!?」
突然、火の魔法に襲われた男は反応することはできず、無防備なまま私の魔法を身体で受け止めた。
男がバタリとその場に倒れたのを確認して、私は森を飛び出す。
「今のうちに行きましょう!」
別荘の入り口へ向かう途中、不意打ちを食らって地面に伸びてしまった見張りをちらっと見て、ジャスミンさんが恐る恐るといった様子で尋ねた。
「ね、ねぇクロエ? この人死んでないよね?」
「大丈夫なはずです。手加減はしましたから」
「よ、よかったぁ」
「たぶん」
「たぶん!?」
消し炭になっていないってことは、死んではないだろう。
たぶん、大丈夫なはずだ。
そんな会話にシラユキさんが苦笑を浮かべる。
「なんだか、ちょっとズルいような気がしないでもないけどね……」
「それは私も少し自覚がありますけど、気にしてはダメです」
「……そうだね。ベルたちのためだ、変なことを言ってごめんよ」
「いえ、シラユキさんが謝る必要はありません」
真に謝るべきは誘拐犯たちである。
どんな目的のためなのかは知らないけど、それに子供たちを巻き込むなんて許せない。先に卑怯な手を使っているのは相手なのだから多少は、ね?
「それに、今のは見張りなのに見張っていないのが悪いんですから」
「な、なるほど……?」
首をかしげながらもシラユキさんは納得してくれたみたいだった。
建付けの悪い玄関の扉をゆっくり開いて、中をそっと覗く。
誰かがいる気配はなく、どうやら私たちが来たのはまだ知られていないらしい。
ほっと胸を撫で下ろして、静かに屋内に潜入する。
ベルさんたちはどこに捕らえられているんだろう。
思案しながら廊下を進んで行く。
さっきのサーナンさんと見張り男の会話によると、ベルさんは大人しくしているらしいけど、他にも子供たちは大勢いる。
子供たちがいる部屋の近くまで来たら気配や声でわかりそうなものだけど。
見張りの人は一発で気を失ってしまったから、誰か適当に見つけて聞き出したほうが良いだろう。
まずはベルさんたちがいる場所を突き止めないと。
下手に動き回って勘付かれると、彼女たちを人質にされてしまうかもしれない。
私たち――というか、アポロンは嫌われているみたいだから、追い込まれたサーナンさんたちが何をしでかすか、わかったもんじゃない。
ジャスミンさんも同じことを考えているみたいで、古びた屋内を眺めながらつぶやく。
「ベルたち、どこにいるのかなぁ」
「やっぱり奥の方なんじゃないかな? 二階とか、地下とか」
シラユキさんの言葉に頷く。
「私もそう思います。どうにかベルさんたちの居場所がわかればいいんですけど……」
となると、やっぱり戦闘は避けられないかもしれない。
大勢を相手にしたら手間取ってしまうだろうし、サーナンさんに私たちがいることを報告されてバレてしまうだろう。
できれば、一人とか二人の相手を見つけて、場所を聞き出したいところだ。
周囲に警戒しながら静かに進んでいると、コツコツと床に響く靴の音が聞こえてきた。
続けて話し声が聞こえてくる。
「ね、ねぇクロエ。これ、誰かこっちに来るんじゃない!?」
「どうする? 戦うかい?」
「いえ、できればそれは避けたいです」
どこかに隠れてやり過ごせる場所はないだろうか?
辺りを見回すと、ちょうど右側に一つの扉があった。ちょっと扉は壊れているから、カギはかかっていなさそうだ。
「シラユキさん、ジャスミンさん、ここに入りましょう」
二人ともすぐに首肯してくれたので、急いで部屋の中に入る。
随分と荒れているけれど、どうやらかつては客室として使われていた部屋のようだった。
廊下に耳を澄ませる。
こっちに走って来るような音は聞こえなかったので、ふぅと息を吐き出した。
「クロエ、大丈夫そう?」
「はい。なんとか。このままやり過ごしましょう」
巡回か何かだったのかな?
外の見張りの交代だったら、私が気絶させたのがバレちゃうなぁ……。
心配をしていると、廊下の先から先ほどと同じ声が聞こえてきた。
部屋の近くにまで来ているらしい。
ジャスミンさんが緊張した面持ちで、ごくりとつばを飲み込んだのがわかった。
「……なぁ、俺の勘違いかもしれねぇけどよ」
「あん? んだよ」
「サーナンさんが連れてきた銀髪のガキって二階にいるはずだよな?」
「当たり前だろ。あの部屋から出られるはずねぇんだから」
「だよなぁ……」
銀髪ってことは、ベルさんのことだろうか?
二階にいるのか。他の子供たちも、おそらく一緒だろう。
有益な情報が手に入ったぞ。
なんて思っていたのも束の間。
続けられる会話の内容に、私は冷や汗を浮かべた。
「それがどうした?」
「いやさぁ? なんかそこの部屋に銀髪が入っていったような気がしたんだが」
「んなわけねぇだろ」
「だよなぁ。でも、銀髪を見間違えるかなぁ」
どうやら、隠れるっていう私の判断が少しだけ遅れてしまい、シラユキさんかジャスミンさんの髪の毛だけが見られてしまっていたらしい。
その会話を聞いていたジャスミンさんが、声は潜められているけどわかりやすく動揺して尋ねる。
「く、くくクロエ、どうするの……!?」
「部屋の中で隠れましょう。もし、見つかったら、そのときは私がなんとかします」
「わ、わかった!」
今から廊下に出るわけにもいかず、部屋の中で隠れられそうな場所に身をひそめる他にない。
シラユキさんもうなずいてくれて、私たちはそれぞれ身を隠した。
私はボロボロのソファや椅子が積み上げられているところの物陰に。
シラユキさんは同じくボロボロのベッドだったのもの陰に。
ジャスミンさんは、これまた同じくボロボロでクローゼットだったであろう収納の中に。
一番いいのは、気のせいってことにしてくれて通り過ぎてくれることだけど……。
さすがにそこまで甘くはなかった。
「——誰かいるのか?」
ギィと扉が開いて、男たちが入って来る。
私の位置から確認できる限りでは、相手は二人らしい。
息を殺しながらも、いつでも魔法を放てるようしておく。
「誰もいねぇな」
「やっぱり気のせいだったのかなぁ。わりぃな」
「別にいいけどよ。行こうぜ」
男たちが部屋を出て行こうと踵を返したのを見て、ほっと胸を撫で下ろす。
よかった。どうにかやり過ごせたらしい。
この人たちが出て行って、少ししたら私たちも部屋から出よう。
ベルさんたちは二階にいるみたいだから、急がないと。
なんて思っていたら――
「——くしゅん」
クローゼットから、そんな可愛らしいくしゃみが聞こえてきてしまったのだった……。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、ご感想、ご評価などよろしくお願いします。
下部にある☆を★にしていただけると嬉しいです。