127.人喰いの森で
アムレの街から南西へ馬車で揺られることしばし。
私たちは人喰いの森へと辿り着いた。
馬車はそのまま森の中を進んで行く。
日中だというのに大きな樹木が茂った森の中は薄暗く、木々や土の匂いが辺りを包む。
自然に囲まれてひんやりとした涼しい空気は、夏場の避暑地としては最高だと思う。お金持ちの人がここに別荘を建てるのもうなずけた。
だけど、今は不安をあおられるような陰湿なものに感じられた。
車内ではアムレに来るときと同じようにアリエルさんとジャスミンさんの間に私が座り、正面の座席にカタリナさんとシラユキさんが座っている。
こうして見ると、二人ともタイプは違うけど顔が整った美人でスタイルも抜群だから、座っているだけでも絵になる。
「なんだかすごく不気味……」
隣に座っているジャスミンさんが窓から森を眺めて小さくつぶやいた。
「たしかに何か出てきそうですもんね」
「ちょっとクロエ、そんなこと言うのやめてよ」
「あはは、すみません」
もうっ! とジャスミンさんが軽く肩を小突いてくる。
ほっぺたを可愛らしく膨らませてむくれるジャスミンさんにもう一度謝っておく。
そのやり取りを小さく微笑みながら見守っていたシラユキさんが、真剣な顔に戻って言う。
「でも、森の中を進んでけっこう経つから、出てくるのならそろそろ出てきてもおかしくはないよね」
「ですね。あっちは私たちがやって来たのはわかっていると思うので」
「そっか。動物ってそういうのわかるもんね」
納得したようにうなずくジャスミンさん。
動物好きでお世話を良くしているから、思い当たることがあったらしい。
魔物と動物の違いはあれど、人間には感じられない繊細な音だとか匂いだとかを魔物は把握できたりする。
私たちが森の中に入った時点で、あちらは侵入者の存在には気づいているだろう。
シラユキさんの言うようにかなり森の中を進んできたので気を引き締めないと。
「油断はしてはいけませんが、固くなりすぎるのもよくありませんよ」
身を固くしていた三人にカタリナさんが優しく言う。
「そもそも人喰いなんてものが本当に存在しているのかは、まだわかりませんから」
「わかんねぇって、行方不明者も出てんだろ?」
アリエルさんの指摘にカタリナさんは一度首肯して、窓の外を見ながら答えた。
「森の中がこんな状態ですから、行方不明の理由は遭難の可能性もあるのではと」
「あぁ、たしかに自分がどこにいんのかわかんなくなってもおかしくはねぇか」
「ですので、魔物がいるかどうかは、やはり会って見ないことにはなんとも。私としてはどちらでも構わないのですが」
「いや、居ないほうがいいだろ……」
ふふっと不敵な笑みをこぼすカタリナさんにアリエルさんが苦笑する。
「そうだね。クロエとカタリナは平気かもしれないけどボクらはね……」
「いやいやシラユキさん。私もできれば人喰いなんて魔物と会いたくないですって」
「そうなのかい?」
意外そうに目を大きくさせるシラユキさん。
私のことをどう思っているんだ……。
必要ならば戦うこともいとわないけど、戦わなくていいのなら戦いたくないぞ?
「今回の目的はあくまでベルさんと子供たちの救出ですから、他の面倒事はできれば避けたいです」
「そっか、それもそうだね」
「あのさ、それなんだけど……」
「どうしましたジャスミンさん?」
何やら不安げなジャスミンさんに首をかしげる。
「アタシたち大丈夫なのかなって……」
「大丈夫ですよ。もし人喰いが本当にいてもカタリナさんがいますから」
「それもそうなんだけど、ベルと子供たちを助けたとしてもさ、帰りに迷ったりしないの?」
なるほど。
ジャスミンさんが心配していたのはそっちか。
カタリナさんが言うように辺りは木々が鬱蒼としていて左右と方角がわからない。
パンの欠片でも道に落としていたら、帰り道はそれを辿ればいいわけだけど、そんなことはしていない。
だから救出したとしても無事に森を出られるのか、と。
「大丈夫ですよ、ジャスミンさん」
「あ、そうなの?」
「私たちは遭難することはないで、絶対にアムレに戻れます」
「そうなんだ。よかった~。さすがクロエ」
私の言葉にジャスミンさんはほっと胸を撫で下ろす。
もっと安心させてあげるために、自信の根拠をサムズアップして教えてあげた。
「いざとなったら、この森一帯を燃やしますから」
「大丈夫じゃなさそう!? ダメだよ!?」
「わかってますよ、ジャスミンさん」
「そうだよね? 冗談だよね、よかった」
「はい。本当にいざとなったときにしか、やりませんから」
「あ、いざとなったらやっぱりするんだ……」
なんて会話をしながら森の中を進む。もうちょっと行ったら、別荘が立っている湖畔の近くになると思うんだけど。
水の音でも聞こえてこないかな? と思っていると、いきなりガタッと馬車が大きく揺れた。
「おっと」
「うおっ!?
「うわぁ!?」
三人が驚きの声をあげるも、カタリナさんがいたって冷静。
馬車はそのままストップして、御者さんが話しかけてきた。
「すみません、これ以上は馬車では……」
外に出て見ると、足元が悪くこれ以上は馬車で進むのは厳しいようだった。
無理をすれば不可能ではないかもしれないけど、無駄に痛めたくはないし馬も大変だろうし、魔物だって出るかもしれない。
馬車で移動するのはここまでのようだ。
「いえ、ここまでありがとうございました。ここからは歩いていきますので」
ペコリと頭を下げて申し訳なさそうな御者さんを見送って、私たちは徒歩で森の中を行く。
馬車の中から見ていた以上に森の中は薄暗く、不安を駆り立てられる。
ジャスミンさんはわかりやすく緊張した面持ちで、アリエルさんは警戒心をあらわに剣の柄を握り、シラユキさんは表情にこそ出ていないけど顔は固い。
しばらく足場の悪い地面を進んでいると、やがてカタリナさんが足を止めた。
「……クロエ」
「ですね」
カタリナさんの目つきが変わる。
纏っていた空気もピリッと厳しくなった。
それに伴って、三人もそれぞれ身を構える。
剣をいつでも抜けるよう柄に手を添えてシラユキさんが尋ねた。
「カタリナ?」
「どうやら噂ではなかったようです」
「それって」
「来ます」
直後、カタリナさんは素早く剣を振り抜いた。
私たちの左右に真っ二つにされた樹木の幹がドシンと大きな音を立てて落下した。
続けて、耳をつんざくような猛々しい方向が空気を揺らす。
一撃で私たちを倒せなかったことに苛立っているようにも聞こえた。
「クロエ、どうしますか? ここは私に任せてもらっても」
「そうですね、お願いできますか」
「ええ。そちらはお願いします」
「はい。任されました」
湖畔まではすぐそこだ。
それに私たちが近くにいるとカタリナさんも本気で剣を振りにくいだろう。
ただでさえ狭い森の中だ。
ここは完全に任せてしまうのが得策だろう。
「待て、オレはカタリナと残る」
「アリエルお嬢様……?」
アリエルさんの言葉にカタリナさんが虚を衝かれたように目を大きくさせる。
私も予想だにしていない一言だった。
アリエルさんが真意を話す。
「カタリナがどう戦うのか見たいんだ。それでオレにできることがあれば……いや、ないかもしれねぇけど、とにかくカタリナの剣を見たい。カタリナが邪魔だってんなら、ワガママは言わねぇけど……」
「いえ、私は構いませんよ。一人は寂しいですし」
ふっと笑みを浮かべてカタリナさんは了承する。
「クロエ、どうですか?」
「そういうことでしたら」
アリエルさんは自分が強くなるために、自分を高めるためにカタリナさんと一緒にいたいと思った。
だったら、私に拒否する権利はない。
むしろ、今までカタリナさんというお手本がいながら指導を受けていないほうが不思議だったのだ。きっと両親の関係の繊細な話が関わっているのだろうけど。
そういう意味では、アリエルさんだけは魔法はまだ使おうとしていないけど、少なくとも何かが変わり始めているのは間違いなのだろう。
「お前、ベルを絶対に助けろよ」
「はい。お約束します。アリエルさんご無事で」
「……おう」
「カタリナさんも」
「ええ、ありがとうございます。クロエ、そろそろ」
段々とおぞましい魔物が近づいてきているのがわかった。
「シラユキさん、ジャスミンさん、行きましょう」
この場は二人に任せて、私たちは湖畔へと急ぐのだった。
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