126.人喰いの森
「クロエ、ある程度相手の拠点の絞り込みはできていると聞きましたが」
「はい、昨日のうちに」
テーブルに移動して地図を広げる。
カタリナさんがふむとあごに手を添えながら、地図を見下ろす。
印が付いている箇所を一つずつ見ていって、途中で一点を見つめて止まった。
カタリナさんが見ているのは南西にある森。
主として使われている街道からは外れた場所にあり、今ではここを通って移動する人はほとんどいない。
とはいえ、昔は使われていたみたいだし、川や湖もあるから、かつては別荘も数軒あったと聞く。
盗賊が拠点にしているとの噂もあったし、身をひそめたり子供たちを連れ去って監禁するには絶好の場所だと思う。
それはそうなんだけど……。
「クロエ、ここはたしか」
「はい、そうです」
「そういえば、人喰いが出る森はアムレの南にあるのでしたね」
そう。
カタリナさんが言うように、この森は人喰いと呼ばれる魔物が出るとされている場所だった。
「ひ、人喰い!?」
驚いたジャスミンさんの大きな声で三人のほうへ振り向く。
ジャスミンさんの隣では、シラユキさんとアリエルさんも不安そうにしていた。
「お嬢様方はご存じありませんでしたか」
「知らねぇよ。んだよ、その物騒な奴は」
「そんなところにベルはいるのかい?」
三人の視線が私に向けられたので説明をする。
「人喰いっていうのは、この森にいるとされている魔物のことです」
「されている?」
私の言い方にシラユキさんが首をかしげる。
「いるとわかっているんじゃないのかい?」
「目撃情報がないんです」
「目撃情報がない? どういうことだよ?」
今度はアリエルさんが眉をひそめた。
「この森は街道から外れているので、今では入る人はほとんどいないんです。でも、ゼロじゃない。森に入ったほとんどの人は行方不明になっているんです」
「魔物に、た、食べられちゃったの!?」
「そう言われています。運よく森を抜けられた人はその魔物に会わなかったようでして」
私の説明に三人ともがうなずく。
「それで目撃されていないってわけか」
「食われたんなら、報告できねぇもんな」
「そっか……それじゃあ、わかんないよね」
「そういうことです」
森を抜けられた人は出会っていないからわからない。
出会った人は行方不明になっているから報告がない。本当に魔物に食べられてしまったのだとしたら、確実に死んでいるので報告なんてできるはずがない。
だから、いつ頃からかこの森には人を食べる魔物がいて、出会ったら例外なく殺されてしまうと言われていた。
ただ、その魔物は森の外に出てきたことは一度もなく、森の中に入らなければ被害も出ていないので討伐の優先順位も低くなっていた。
こちらから手を出さない限りは被害はないのである。
王都からちょっと遠いというのも理由に挙げられるかもしれない。
三人への説明を終えると、再度地図に視線を落としていたカタリナさんが森へ人差し指を置いた。
「では、私たちがここに行きましょうか」
「ですね」
さも当たり前のことのように言ったカタリナさんに、私も首肯する。
この森が拠点のある可能性が最も高いと思う。
その分、最も危険でもある。だからカタリナさんがいるのなら、私たちが向かうべきだろう。
今ではほとんど誰も立ち入らない深い森は天然の要塞だし、人食いと呼ばれる魔物の番人付きという好条件。
仮に拠点を突き止められても、魔物が勝手に追い払ってくれるというわけだ。
もちろん本人たちも人喰いに遭遇すれば危険だけど、おそらく裏道、抜け道のようなものを見つけているのだろう。
フローロに所属しているパーティーにはその他の候補地へ行ってもらうことにする。
そこに拠点がなければ一度アムレへ戻って、待機。
しばらく経っても帰ってこないパーティーがあれば、そこが拠点を発見したということなのでそこへ向かう手はずになっている。
フローロのパーティーに行ってもらう場所の振り分けをしていると、途中でカタリナさんが「そういえば」と私を、というよりはシラユキさんたちを見る。
「この作戦にはお嬢様方も参加されるのでしょうか?」
「その予定ですけど」
「そうですか……」
ふむ、とカタリナさんは考え込んでしまった。
危険だからギルドに残っておくようにと言われてしまうかもしれない。
三人もそう思ったのだろう。
シラユキさんが口を開く。
「カタリナ、たしかにボクらは君たちに比べたらまだまだ弱いと思う。でも、連れて行ってほしい」
「ベルがいなくなってんのに、オレたちだけここで待ってるわけにはいかねぇんだよ」
「お願い! カタリナの邪魔はしないから!」
切実に訴えかける三人に、私も付け加える。
たぶん、カタリナさんの言っていることは正しいと思う。
だけどおそらく、というか絶対に残るように言ってもこの三人はそれを無視してついてくるだろう。それだけベルさんのことが大切なのだ。
ジャスミンさんのために全員でギルドを辞めようとしたくらいなのだから、それは目に見えている。
だったら、最初から私たちと一緒にいてもらったほうが安全だと言える。
「カタリナさん。三人には絶対に私が手出しはさせませんから。私からもお願いします」
「クロエまで……」
四姉妹と昔から付き合いのあるカタリナさんが彼女たちの想いの強さを理解できないはずがない。
最後には根負けしたように短く息を吐き出した。
「わかりました。さすがに私とクロエ二人だけというのも心もとないですからね」
それからカタリナさんは小さな苦笑を浮かべた。
「……お嬢様方がこれほど私にお願いをするのはなんだか懐かしい気がします」
「カタリナさん?」
「あぁ、いえ。こちらの話です。すみません」
首を振って、カタリナさんはコホンと咳払いをする。
「では早急に準備を整えて、すぐに出発しましょう」
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