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121.誘拐

 アムレの街は太陽が沈んで、空はオレンジ色から藍色の占める割合が増えてきていた。


「クロエ、そっちは?」

「ダメです。シラユキさんたちの方はどうでしたか?」

「こっちもダメだ。どこにもいない」


 息を切らしている三人を代表して、シラユキさんが首を横に振る。


 それは何の前触れもなく唐突に起きた。

 フローロのギルドへ向かおうとしていた私たちと一緒にいたはずのベルさんが突如姿を消したのだ。

 

 この時間の大通りは依頼から帰ってきた冒険者で賑わっているから、途中ではぐれてしまったという可能性もある。

 そう思って、私と三人とで分かれて周辺を探し回った。

 しかし、結果はどちらもベルさんとは出会えなかった。

 

 はぐれただけなら、これだけ探したらさすがに見つかるはずだ。

 アムレに来た際、馬車乗り場でのジャスミンさんと同じように、ベルさんもある程度人が周りにいても姉妹の声だけは聴き分けられると思う。

 それなのに返事もない、見つからないってことは、はぐれて迷子になってしまったわけではないってことだ。


 なら、ベルさんはどこに?

 文字通り消えてしまった。

 ふと気が付いたときには、さっきまで一緒にいたはずなのに、いなくなってしまった。


 場所が場所だけに不穏な空気が私たちの周りを渦巻く。

 三人の脳裏にもそれが掠めているのだろう。

 ジャスミンさんが不安を顔中に滲ませて、重たい口を開く。


「ね、ねぇ、クロエ……これって……」

「んなわけねぇだろ!」


 言い終わる前にアリエルさんが強く否定した。

 そんなはずない、と言い聞かせるように。

 

「攫われてんのは子供だけなんだろ? だったら、なんでベルが攫われるんだよ?」

「わかんないよ。でも、いないのはおかしいじゃん!」

「それはそうだけどよ……」


 たしかにアリエルさんの言う通り、サーナンさんにもらった資料だと12歳以下の子供のみが攫われている。特に10歳以下の女の子が多い。

 だけど、だからといって攫われないと言い切ることはできない。

 

 シラユキさんやアリエルさんみたいに大人と遜色ない人ならまだしも、特にベルさんは小柄で幼く見える。

 犯人には、12歳と13歳なんて同じようなものだろう。

13歳と本人が言わなければ、見た目だけで年齢の判断なんてできっこない。


「二人とも落ち着いて」


 シラユキさんのその言葉は、きっと妹二人だけでなく自分自身に対しても言っているのだろう。

 自分は冷静でいなくてはいけないとシラユキさんはわかっているのだ。

 以前、シラユキさんは自分をダメな姉だと言っていたけど、その心がけ、振る舞いだけでも十分に長女の役割を果たしていると思う。

 

「ボクだって、ベルが攫われただなんて思いたくはない」


 短く息を吐き出して、シラユキさんは「だけど」と続ける。


「これだけ探してもどこにもいない。反応もない。人に聞いても一人も見かけていない。それにアリエルの言うようにベルだって子供じゃない。はぐれたとわかったら、ボクたちのことを探すはずだ」

「うん、ユキちゃんの言う通りだと思う」


 ジャスミンさんが首肯して、アリエルさんは黙ってシラユキさんのことを見つめていた。


「それなのに見つかる気配すらないのはおかしい。考えたくはないけれど、普通ではないことが起きていると言うしか……」

「オレたちの近くにいたのにか!?」

「それも不自然なところの一つだ。だけど、今までベルが一人で勝手にふらふらと行動するなんてことがあった?」

「……ない」

「ボクも同じだよ。だから、これは単なる迷子じゃない。きっと、連れ去った奴は手慣れているんだろう」


 シラユキさんが言うと、アリエルさんはぐっとこぶしを握り締めた。

 

 私もシラユキさんと同じような意見だ。

 明らかに、ただの迷子ではないと思う。


 ……うかつだった。


 ぎりっと歯ぎしりをする。

 依頼が終わって観光をしていたから、完全に気を抜いてしまっていた。

 ここは現在進行形で誘拐事件が起きている場所なのに。

 手を繋いでおけば、こんなことにはならなかったはずだ。


 この誘拐事件の被害者は10人にまで増えている。最初の2人くらいは一人で遊んでいるところを連れていかれたのかもしれない。

 だけど、ある程度の人数が短期間に誘拐されているとなると、親御さんや兄弟姉妹たちが警戒して一人にはさせないだろう。


 それでも被害は治まっていない。

 つまり、犯人は一瞬の隙をついて――もしくは作り出して――誘拐しているのだ。

 

 ただ、なんだろう?

 何かが引っかかっている気がする。

 私たちの中で犯人に誘拐されるとしたら、一番年下で華奢なベルさんだと思う。

 でも、わざわざ冒険者であるとわかる私たちの誰かを攫おうと、普通の犯人は思うだろうか?

 無作為に選んでいて、偶然と言われたらそれまでなんだけど……。


「……だったら、どうすんだよ? このまま逃がして、アムレのギルドに任せるとか言わねぇだろうな?」

「わかっているさ、アリエル。ボクだってそんなつもりはない」


 シラユキさんがアリエルさんから私に視線を移動させて、提案する。


「クロエ、やっぱり手分けをしてもっと遠くまで探そう。まだ街の中にいるかもしれない」

「たしかにそうかもしれません」

「だろう? だから」

「ですが、それはダメです」

「ッ! どうして」


 三人の責めるような視線が私に向けられる。


 私だって、それができるのであればそうしている。

隣にいるのがカタリナさんやメリダだったら、すぐにでも手分けをして街中を探しただろう。

 

 だけど、三人はカタリナさんでもメリダでもない。

 だからその提案を認めるわけにはいかない。


「相手が分からない以上、シラユキさんたちを単独で行動させるわけにはいきません」

「それは、ボクたちが信用できないってこと?」

「そういうことではないです」

「だったらどういうことなんだよ」


 アリエルさんが苛立ち混じりに睨みつけてくる。


「ベルがどうなってもいいってのかよ!」

「そんなわけないじゃないですか!」


 ベルさんは絶対に取り戻す。

 だけど、その過程で三人を危険にさらしてもいいわけではないのだ。

 私は四姉妹の先生。ファミリアのマスター。

 シラユキさん、アリエルさん、ジャスミンさんのことも守る義務がある。

 この三人ならそう言うと思ったけど、行かせたくても行かせるわけにはいかない。犯人の目的や力量、人数もわかっていない以上は、一人で行動させるのは危険だ。


「ならどうすんだ! まさか、オレたちにはここで待ってろとでも言うつもりかよ?」 

「一旦フローロへ向かいましょう」


 これ以上やみくもに探し回っても見つかる可能性は低いと思う。

 もうすぐ夜になること、私たちはアムレとその周辺緒地理に詳しくないことを考えれば、私たちだけで解決するのは難しいだろう。


 それに。


「もしかしたら、はぐれてしまったあと、先に行って待ってるかもしれないですから」


お読みいただきありがとうございます。


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