120.サプライズ
四人が入った雑貨屋さんの外で待つこと十数分。
指先同士をつんつんさせて手遊びするのに飽きたので、一人じゃんけんをして右手が50連勝したくらいに四人はお店を出てきた。
「クロエ、お待たせ―!」
駆け寄ってくるジャスミンさんに続いて、三人もこちらへ早足でやって来る。
「ごめんよ、こんなに一人にさせるつもりじゃなかったんだけど」
「待たせて悪かったな」
「ごめん、ね……?」
申し訳なさそうな四人に、私は慌てて胸の前で手を振って否定する。
たしかに寂しかったけど四人が楽しく過ごせたのなら、それが一番なのだ。
「気にしなくて大丈夫ですよ。そんなに待ってないですから」
むしろ、四人の時間を取ってあげられなかった私のほうが申し訳ないくらいである。
夜寝る部屋まで一緒になっているのだから、そりゃ姉妹だけの時間が欲しいに決まっている。
ただでさえ、私が指導役になってからはその時間がへ得ているのだから。
「ほんとに気にしないでください。私なんて、待つことくらいしかできないダメな先生ですから……ほんとに……」
「何言ってんだお前」
真顔でアリエルさんに言われた。
他の三人も困惑が顔に滲んでいた。
「えっと……姉妹四人で過ごしたかったから、私が邪魔だったんじゃないんですか?」
首をかしげると、ジャスミンさんがすぐさま否定した。
ブンブンと首が取れるんじゃないかってほど横に振る。
「違うよ! そんなわけないじゃん!」
「ベルたち、クロエが邪魔だなんて、思ったことない……もん……」
「クロエそれは誤解だよ」
苦笑を浮かべて、シラユキさんがわたしに言う。
「誤解?」
「うん、誤解だ。といっても、そう思わせたボクたちも悪いんだけど」
「そうだったんですか……」
ほっと胸を撫で下ろす。
私が邪魔だったとか、嫌いだとか、そういうことではなかったらしい。
でも、それならどうして私に一人で外で待っているように言ったんだろう?
四人だけで過ごしたかった、それ以外の理由は私には思いつかない。
「では、どうして四人だけで……?」
「それには理由があってね」
ウインクをして、シラユキさんはジャスミンさんに視線を向けた。
「ほら、ジャスミン」
「うん」
シラユキさんに背中を押されて、ジャスミンさんが私の前に歩いてくる。
なんだかもじもじとしている、らしくないジャスミンさんの様子を不思議に思った。
「クロエ」
「はい」
「これ、アタシたちからのプレゼント!」
「へ?」
ジャスミンさんが手のひらを差し出してくる。
そこに乗っけられていたのは、
「これ……イヤリングですか?」
ジャスミンさんから受け取ったのは、透明感のあるピンク色のとんぼ球のイヤリングだった。
可憐な女の子らしさもあるけれど、子供っぽくはなくてどこか大人びた感じもある。
「私がもらっていいんですか?」
「もちろん。アタシたち四人でクロエのために選んだんだから」
少し恥ずかしそうに、だけどニッコリと笑みを浮かべてくれるジャスミンさん。
その後ろを見ると、シラユキさんがふふんと自慢げに、ベルさんは小さな花のような可愛らしい笑みを、アリエルさんは僅かに頬を紅潮させて視線を俯けていた。
……そっか。
四人が私に外で待っていてほしいって言ったのは、このためだったのか。
四人で過ごすのに私が邪魔だったからハブられた、なんていうのは私のネガティブ思考が生み出した妄想だったのだ。
本当は私のために……。
そう思うと、受け取ったイヤリングから温かい心地の良い熱が胸の中でポカポカと広がるみたいだった。
「わあっ!? クロエ、どうしたの!?」
「……え?」
「顔! 顔!」
驚くジャスミンさんに指摘されて、イヤリングを持っていないほうの手で顔に触れる。
濡れていた。
自分でも知らないうちに泣いていたらしい。
「す、すみません」
ゴシゴシと服の袖で乱暴に目元を拭う。
ジャスミンさんの声で異常に気づいたらしく三人が私を囲んだ。
姉妹は顔を見合わせて、突然泣いてしまった私を見て混乱しているようだった。
「クロエ……もしかして、デザインが気に入らなかった?」
心配そうに尋ねるシラユキさんに首を振って否定する。
「お腹、痛いの……?」
不安そうなベルさんの言葉も否定する。
何度か深呼吸をすると、気持ちが落ち着いてきた。
四人が困惑しきっているから、ちゃんと説明しないとね。
「その、嬉しくて。ほんと、こんなことしてもらえるなんて思っていなかったのでびっくりして」
「んなことかよ」
呆れたようにアリエルさんが息を吐いた。
「泣くなよ大袈裟だな」
「あはは、ですね。すみません」
「いや、別に謝らなくてもいいけどよ……」
ぷいとアリエルさんは顔を逸らす。
アリエルさんも一緒に選んでくれたんだなぁって思うと、なんだか感慨深い。少しは私のことを認めてくれているのかもしれない。
「みなさん、本当にありがとうございます。すごく……嬉しいです」
「よかった。気に入らなかったらどうしようかと思ったよ」
「ったく、ややこしい反応しやがって」
「アタシも、ちょっとびっくりしちゃった」
「喜んでくれて、嬉しい……」
まさか、指導役を始めたばかりのときは、こんなことを想像すらしなかったなぁ。
四姉妹とファミリアになって、サプライズでプレゼントをもらえるなんて。
幸せだ。
「さっそく付けてもいいですか?」
「もちろんさ。付け方、わかる?」
「あ……わかんないかも、です」
そういえば、今まではアクセサリー類を身に着けたことがほとんどなかった。
冒険者として依頼をこなすのが優先だったから、その邪魔になりそうだなと思っていたのだ。
「ボクに貸してくれるかい?」
たしかにシラユキさんが一番手慣れていそうだ。
シラユキさんにイアリングを渡すと、説明しながら耳に付けてくれた。
「こんな感じで、こう。わかった?」
「はい。すみません……」
「ふふっ、謝らなくてもいいよ」
柔らかく微笑んで、シラユキさんは満足げにうなずいた。
「うん。良く似合ってる」
「ありがとうございます。大切にしますね!」
それから、私たち五人は日が沈むまで観光を楽しんだ。
ティナさんやアポロンのギルド、メリダへのお土産、四姉妹が気になっている行きたいお店も時間は短ったけど一通り巡れたと思う。
夕食をどこかのお店で食べる前に、一度フローロへ立ち寄ることにした。
最初こそ険悪な雰囲気だったけど、もらった資料のおかげで現場の調査もスムーズに行えたので一言お礼を言っておくべきだろう。
難しい依頼ではなかったとはいえ、あとは無事に王都まで帰るのみである。
よかった、よかった。
明日、サンズさんのところに報告に行って、明後日からはいつも通りの指導を再開しよう。
そんなことを考えながら通りを進んでいるとき、事件は起きた。
――ベルさんがいなくなったのだ。
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