12.ベルの関心
晩ご飯を食べた私は、自分の部屋に戻ることにした。
お屋敷の広い廊下を歩いていく。
すると途中、視線の先にある部屋の一つから人が出てきた。
食事を終えて、食器を廊下に出しに来たのだろう、四女のベルさんである。
「あ、ベル様」
「っ!?」
声をかけるとビクリと肩を揺らすベルさん。
そんなにびっくりしなくてもいいと思うけど……。
ベルさんは私のことをちらっと横目でみて、背を向けた。
一瞬だけ顔が見えたけど、やはり目の下にはクマがあるし、姉妹の中で一番やせ細っている。
今日は――というより今までもずっと、こうやって部屋で本を読んで一日を過ごしていたのだろうか?
逃げるように部屋へ戻ろうとするベルさんに慌てて声をかける。
「ちょっと待ってください!」
「…………」
私の声は聞こえていたはず。だけどベルさんは知らぬふりをして、扉を閉めてしまった。
うーん。
ベルさんとは、まだちゃんと会話もできていない。他の姉妹と会話が成立しているか、と聞かれたら微妙だけど。特にアリエルさんには罵倒しかされていないので、会話ではない気がする。
とはいえ、自分の部屋に戻ったベルさんはまた本を読んでいるだろう。
だとしたら会話なんてできない。
……仕方ない。
今日はもう自分の部屋に戻って、明日の予定を立てよう。
街で何か本をお土産として買ってきたら、お話くらいはしてもらえるかもしれない。
そう思って、歩き出す。と、不意にベルさんの部屋の扉が開いた。
ひょこりとベルさんが警戒した様子でこちらを覗いてくる。
「ベル様?」
「…………」
「どうしました?」
「……あの……それ」
「へ?」
ベルさんの視線と人差し指は私の腰辺りに向けられていた。
私、ベルさんの関心を引くようなものを何か持ってたっけ?
首をかしげながらベルさんが指を差している先へ視線を落とす。魔法書があった。
「あ、もしかして、これですか?」
なるほど。
ベルさんは本が好きだから、私が持ち歩いている魔法書が気になったみたいだ。
ホルダーから取り出してベルさんに見せる。
コクッとうなずいてくれた。
「……それ、何の本?」
「魔法書です」
「……魔法書」
魔法書と言うのは、基本的に魔法の使い方や強化、活用の方法が書かれている。例外もあるけど、ほとんどの魔法使いは、その用途で購入して読んでいると思う。
しかし、読んだからと言って全ての魔法が使えるというわけでもない。
習得には相性や才能が大きく関わっているからである。私が水や氷の魔法を絶対に使えない理由はこれだ。
とはいえ、知識を頭に入れて、見聞を深めるだけでも大きな意味があるのだ。それに水魔法について書かれていることを私の火魔法に応用出来たりもする。……めちゃくちゃたまに、だけど。
だから、魔法書集めが趣味である魔法使いが多いのも事実であった。
しかし、魔法書と聞いてベルさんの興味は失われてしまったらしい。
魔法を使わないのなら当たり前か。
「……それなら、いいや」
「ま、待ってくださいベル様!」
「……なに」
「魔法書も読んでみたらおもしろいかも、ですよ?」
「……興味ないし」
「実は私のこの本には物語のようなページが」
「…………」
少しだけベルさんの眉が動く。
お、これは効果がありそうかも。
「一緒に魔法の勉強をして――」
「……別にいい」
一緒に魔法を勉強してくれたら読ませてあげても、と言い終わる前にベルさんは部屋に戻ってしまった。
パタン、と虚しい音が廊下に響く。
「えぇ……」