119.現場調査
ベルさんが起きるころには、すっかり太陽は空の上に昇っていた。
シラユキさんとベルさんが朝ごはんを食べて、それぞれ出発の準備を整える。
結局、現場の調査へ向かうのはお昼前になっていた。
今回はそこまで切羽詰まってないから問題はないけど、依頼によってはお昼近くまで寝ているわけにはいかなくなる。ベルさんにはキツイだろう。
これからファミリアで依頼をこなすことが増えると思うから、少し考えたほうがいいかもしれない。
とりあえず今日は数か所の現場を見てお昼ご飯を挟んで、残りを巡ることにしよう。
できれば遠出が久々だという四姉妹に観光でもできる時間を取ってあげられたらいいんだけど、厳しいかもしれない。
宿の受付で出かける旨を話し、ついでに本来私が一人で止まるはずだった部屋の鍵を返却しておく。
大通りに出ると、朝見た時よりも明らかに人の数が増えていた。
王都へ向かう人々の中継地点となっているだけあって、これからもっと多くなっていくだろう。
「みなさん。先に大通りに近い現場から行きたいんですけど、いいですか?」
「あぁ、もちろん」
「好きにしろよ」
「はーい!」
「……うん」
というわけで、宿を左へ歩き出す。
数歩進んだとき、誰かに手を握られた。
「ベルさん?」
「あ、ご、ごめんね……?」
そういえば、メリダの本屋へ行ったときもベルさんと手を繋いでいたなと思い出す。
最近でこそ、私たちと一緒に外に出る機会は増えたけど、もともとは引きこもっていたのだ。
遠くの街に来たから、不安になって怖いと思ってしまうのも無理はない。
というか、マスターで指導役の私のほうが気づいて、本人が言うよりも先に言わなきゃいけなかったことだ。
心の中で反省している私に、ベルさんが上目遣いで首をかしげて尋ねる。
「ダメ、かな……?」
「ダメじゃないです。つなぎましょう」
「う、うん……っ」
手をつないだ私とベルさんが先頭に立って、その後ろからシラユキさん、アリエルさん、ジャスミンさんの三人が続く。
に、しても……。
少し歩いて、私はちらちらと左右を見回す。
数人が私と目が合って、さっと顔を逸らした。これも何回目だろう……。
今みたいに話しかけてきたりはしないけど、けっこうな数の人がこちらを見て、通り過ぎた人も二度見したり、振り返ったりしていた。
理由は、おそらく……というか確実に私の周りにいる四人である。
そりゃあ、綺麗で美人な四姉妹が歩いていたら驚くし、目を奪われてしまうのも理解ができた。
ただし当の本人たちはあまり気にしていないみたいだけど……。
付いて来てるかな? と後ろを確認するとアリエルさんと目が合った。
シラユキさんとジャスミンさんとにこやかにお話をしていたのに、私を見るや否や視線を鋭くさせる。
「あ? 何見てんだ」
「ご、ごめんなさい……」
慌てて前を向く。
四姉妹を遠くから見ている皆さんも、アリエルさんのこの口の悪さを知ったら半分くらいは逃げていきそうだ。
「こらこら、アリエル」
「んだよ」
「アーちゃん、なんでそんなに喧嘩腰なのさ」
「いや、別にそんなつもりはねぇけど」
なんて後ろ三人の会話を聞きながら歩を進めていると、
「あ、あの、クロエ……?」
「どうしました?」
「アリエル姉様も、悪気があるわけじゃない、から……」
ベルさんはちらっとアリエルさんのほうを一瞬だけ見て、私に訴えるように言う。
アリエルさん、愛されているなぁ。
だけど、そんな心配はご無用だ。指導役としての時間も長くなってきているので、ちゃんとわかっていますとも。
「はい、わかってますから、大丈夫ですよ」
「それなら、よかった……」
ほっとした様子のベルさん。
今までのアリエルさんならきっと、「何見てんだ」のあとに「殺すぞ」って言葉がついてきていたはずだからね!
そして、大通りから脇道に入って、ようやく一つ目の現場にたどり着いた。
当たり前だけど、見た感じは至って普通の通りだ。大通りに比べたら、たしかに人通りは少ないし、夜になれば真っ暗闇に包まれるだろうけど。
「普通に見えるね」
シラユキさんの言葉に、私も妹三人もうなずく。
周囲を観察しても、犯人の手掛かりになるものや子供たちに繋がる証拠もない。
まぁ、目に見える手掛かりが今見つかるのもおかしなはなしだけど。
何か不自然な点があったら、とっくの昔にカミュさんたちが発見しているだろう。
念のため、シャルに人では感知できないような魔力の痕跡がないか尋ねてみたけど、
(わからん)
と言われてしまった。
最初の事件は発生してから、すでに一か月近く。直近の事件でも2週間が経過している。
仮に魔法を使って誘拐が行われていたとしても、すでに魔力は消えてなくなっているとのことだった。
シャルにわからないとなると、私たちにわかるはずもない。
四人で不自然なところや怪しいところがないかチェックして、次の現場へと向かった。
お昼ご飯休憩前に数か所を見て回ったけど、結局は周辺をチェックするだけで有力な手掛かりや情報を手にすることはなかった。
今回の依頼は、現状を把握してサンズさんに報告することだから問題はないんだけど……。
それでも歯がゆいというか、なんだかなぁって感じだ。
お昼ご飯は、カミュさんに教えてもらったアムレの名物だというお肉の焼き料理が食べられるお店に入った。
「攫われた女の子たちって、どこに行ったのかなぁ」
ナイフとフォークで食べ進めている途中、ジャスミンさんがそんなことを口にする。
「ね、クロエ。無事なのかな?」
「そう、だといいんですけどね」
わからないことを断言するのはできなかった。
一か月近くアムレのギルドが捜査、調査をしているのに尻尾を掴めていないとなると、その可能性は決して高くはないだろう。
都合のいい希望を抱かせるわけにはいかない。
でも、わざわざ攫っているわけだから、何か目的があるわけで。
証拠も確証もないけど、私は個人的に攫われた子供たちは生きている、いや生かされていると推測していた。
それでも誘拐している理由はわからないけど。
殺すの近いことをしているしている可能性も否定はできない。
「アタシたちにできることが何かあったらいいのに」
「アムレの街が王都に依頼を出さない限りは難しいですね……」
解決できるのが一番だけど、現状ではアポロン所属の私たちが余計なことをすると、事件がややこしくなるだけなのだ。
「今できるのはアポロンに任された調査をしっかりすることですから、お昼からもがんばりましょう?」
「そっか。うん、そうだね」
お肉を堪能して、私たちは再びアムレの街を巡って歩いた。
とはいっても、特に進展があるはずもなく。
午後4時には何も変わっていないという現状の把握が完了した。
「——これで依頼はおしまいです。お疲れさまでした」
最後の現場のチェックが終わったので四人に言う。
四人ともが曖昧な表情を浮かべた。
「って、言われてもね」
「別にオレら何もしてねぇからな」
「だよねぇ」
「あんまり、疲れてない、かも……」
四人の反応も当然ではあった。
これで依頼が完了と言われても達成感はないだろう。
いつもの練習のほうが体力的には疲れると思う。
「もうけっこう夕方ですけど、せっかくですし残りは観光でもしませんか?」
明日の午前も時間はあるけど、お昼にはアムレを出なければいけないから余裕はない。
到着が遅れたこともあって、依頼以外は何もできていないから、少しくらいは羽を伸ばしてもらいたい。
どこか行きたいところや、何かしたいことはないだろうか?
尋ねると、四人は相談をして代表してシラユキさんが言う。
「さっき大通りにあった雑貨屋さんに行ってもいいかな?」
「もちろんです」
お土産を買うのかな?
たしかにさっき見かけたお店は大きかったので、お土産を買うにはうってつけだろう。
王都には売っていないものも、きっとあるはずだ。
私も何か買おうかなぁ、なんて考えながら雑貨屋さんへやって来る。
「それじゃ、クロエはここで待っててくれる?」
「……え?」
「時間はかけないから」
私も一緒に入る気満々だったので、完全に意表を突かれてしまった。
「あの、どういうことです?」
「その、ね?」
察してくれ、とシラユキさんの表情は語っているけど、何も察せないぞ……?
「とにかくダメなの! クロエはここにいて?」
「ベルからも、お願い……」
な、なんで急に?
三人の様子がおかしくなったので、アリエルさんに助けを求める。
「いいからここから動くなよ面倒くせぇ!」
「え」
アリエルさんまで……?
絶対に来るなよ! とアリエルさんに釘を刺されたので、私は一人で雑貨屋さんの前で待つことになった。
にこにこと入店する四人を見送って、ポツンと寂しく人々の喧騒と往来を眺める。
そっかぁ。
そうだよね。
やっぱり姉妹四人だけで過ごしたい時間もあるよね。
いくらファミリアのマスターで指導役とはいっても、どこまでもついて来られるのは邪魔って言うか、ウザいよね……。
気を遣えなかった私も悪いけど、ちょっと寂しいなぁ……。
あ、目から汗が……。
ぴえん。
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