118.2日目の朝
「……ぅん?」
次の日の朝。
いつもと同じくらいの少し早い時間に私は目を覚ました。窓の外からは小鳥のさえずりが小さく聞こえてくる。
起きて少しの間は意識がまどろんでいるんだけど、今日は瞬時に覚醒した。いや、させられた。
「……!?」
目の前にシラユキさんの身体――具体的に言えば、胸や鎖骨があったのである。
たしかに昨日シラユキさんと同じベッドで寝たんだから、目の前にシラユキさんがいるのは当たり前だ。
当たり前なんだけど、その距離が近い。近すぎる。
密着こそしていないけど、少し手を伸ばせば抱きつけるようなそんな距離感だった。
ていうか……今頃になって気づいたんだけど、腕枕されてる!?
慌ててシラユキさんから離れようと身体を動かすと、どうやらシラユキさんはすでに起きていたらしい。
ふわっと柔らかな笑みを浮かべるシラユキさんと目が合った。
「おはよう、クロエ」
「お、おはようございます……」
「よく寝られた?」
「はい、私はもうぐっすりと」
四姉妹の先生をする前は普通に冒険者として依頼を受けて遠くに行くこともあったので、外泊にも慣れているつもりだ。枕が変わったからといって、眠れなくなるようなことはない。
とはいえ。
さすがに誰かと一緒のベッドで寝たり、腕枕をしてもらったりといった経験はない。
「し、シラユキさん、その、すみません……!」
「ん? なにがだい?」
「これ、えっとお返しします」
頭を持ち上げて、シラユキさんの右手をお返しする。
シラユキさんは慌てた様子の私が面白いようで可笑しそうに笑っていた。
「うん、たしかに返してもらったよ。ボクの右腕」
「すみません、重かったんじゃ」
「大丈夫。昨日も言ったけど、妹たちで慣れているから」
そう言われて、ちょっと複雑な気持ちになる。
たしかに私はシラユキさんよりも年下で、アリエルさんと同じ年齢。シラユキさんから見たら妹のようなものなのかもしれない。だけど、私は先生なのである。
申し訳ないというか、恥ずかしいというか、情けないというか……。
とにかく、もっとしっかりしなければ。
「シラユキさんは寝られましたか?」
「うん。いつもよりも」
シラユキさんの顔を見ると、たしかにすっきりとしていて寝覚めはよかったみたいだ。目の下にクマも見えないし、本当に眠れたのだろう。
私のせいで寝不足、ということはないらしい。
ほっと胸を撫で下ろす。
それにしてもシラユキさん睫毛長いな……。
見れば見るほど造り物みたいだなと思う。
昨日、シラユキさんは自分の顔を母上に似て評判と言っていたけど、四人のお母さんはシラユキさん以上に綺麗な人だったのだろうか?
ちょっと想像がつかない。
「ん? どうかした?」
「あ、いえ……」
「惚れた?」
「へ!? いやっ、ちが」
「ふふ、冗談だよ」
愉快そうに声に出して笑うシラユキさん。
本当にこの長女にだけはからかわれ続けているというか、ペースを狂わされるというか……。
だけど、シラユキさんは気にしぃで傷付きやすかったり、どこか自信がなかったりする裏腹な一面もある。
それもまたシラユキさんの魅力だと思うけど。
シラユキさんだけじゃない。
少しずつだけど、四姉妹のことがわかってきていた。
彼女たちのことを一つずつ知っていくのは、それだけ心を許してくれているみたいで嬉しい。もちろん、まだまだ知らないこと、教えてもらえないこと、踏み込めていないことはたくさんある。
それは、これからの私の姿勢次第だろう。
もっと頼りにしてもらえる、信頼してもらえる先生にならないと。
「そろそろジャスミンが起きてくる頃だと思うから、ボクらも起きようか」
「わかりました」
お屋敷でも、シラユキさんとジャスミンさんはいつも早く起きていたことを思い出す。
そして、その言葉通り五分もしないうちにジャスミンさんが起きて、
「おはよ~。二人とも早いね」
「おはようございます。ジャスミンさん」
「ジャスミンも十分早いよ」
続けて、アリエルさんが起床してきた。
「……お前ら本当に二人で寝たのかよ」
「もちろん。アリエルは本当にいいのかい?」
「当たり前だ。気色悪い」
寝起きだというのにアリエルさんの毒舌、暴言は健在だった
最後に、一人だけまだ起きてこないベルさんは……うん。
ベッドを覗き込むといつも通り熟睡していた。
みんなが起きたら揃って朝食を食べに行こうかと思っていたんだけど、どうしよう。
無理やり叩き起こすのはさすがに気が引ける。
「ベルのことはボクが見ているから、三人で先に食べに行くといい」
「いいんですか?」
「あぁ。このまま待っているわけにもいかないだろう?」
「そう、ですね」
たしかにシラユキさんの言う通りだった。
予定もあるので動き出さないと。
ベルさんがいつ起きてきてもいいように準備はしておこう。
「何か買ってきますね」
「うん、そうしてくれると助かる」
ベルさんを見守るのはシラユキさんに任せて、私とアリエルさん、ジャスミンさんは朝ごはんを食べに宿を出た。
朝のこの時間帯は、日中賑わっている大通りも人の数はまばらだった。
顔を出したばかりの朝日や、真新しい澄んだ空気が心地いい。
私たちは近くで開いていた食堂に入って朝食をとることにした。
ダメもとで店員さんにテイクアウトできる品はないか聞くと、厚意でサンドイッチを作ってもらえることになった。
この場にシラユキさんがいたら、きっとこの店員の女性を喜ばせてあげることも簡単なんだろうけど、残念ながらこの場にはいない。
私に気の利いたことが言えるはずもなく、普通にお礼を言ってサンドイッチは相場よりも少しだけ多くお金を払って、私たちは宿へと戻った。
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