117.長女は気にしぃ
「それでは皆さん、明日は誘拐の現場となったところを中心に街を見て回りますので、そろそろ寝ましょう?」
資料をもらって説明を聞いてフローロを出たあと、私たちは遅めの夕飯を食べて宿に戻って談笑をしていた。
ジャスミンさんの話が一段落着いたところで提案する。
四人とも首肯してくれた。
「だね! アタシもちょっと眠くなってきちゃった」
「まぁ、久々の遠出で移動もあったし、他にもいろいろあったからね。知らないうちに疲れていても仕方ないさ」
ジャスミンさんとシラユキさんの言葉にベルさんはこくっと頷く。
談笑の途中くらいから、ベルさんはこくりこくりと舟をこぎ始め、半分くらい意識は寝ていたと思う。
先に寝てもいいですよ?
とは言ったんだけど、「ベルも、みんなと一緒に話し……たい……」と頑張っていたのだ。
「アリエルさんは気分はどうですか?」
「あ? 別にお前に心配されるようなことはねぇよ」
「よかったです。あ、でも明日も調子が悪かったら遠慮せず言ってくださいね?」
「はいはい」
軽くあしらうように言って、肩を竦める。
「ただの乗り物酔いで過保護が過ぎんだろ」
「あはは、そうかもですね。すみません……」
「別に、謝らなくてもいいけどよ」
それから各自寝る準備を整えて、それぞれのベッドへ向かった。
二段ベッドの上は妹のジャスミンさんとベルさんが、下をシラユキさんとアリエルさんが使用することになっていた。
そして、問題の私が寝る場所だけど……。
「さ、クロエ? いらっしゃい」
「は、はい」
ふわりと柔らかく微笑まれて、手招きされる。
お昼のじゃんけんの結果、今日の夜はシラユキさんと一緒に寝ることになっていた。
「あのシラユキさん?」
「ん、なんだい?」
「本当にいいんですか?」
最後の確認、と私が尋ねる。
「当たり前じゃないか。そうじゃなきゃ、提案なんてしないし、じゃんけんに参加もしないよ」
「それはまぁ、そうなんですけど……」
うーん、と私は頬を掻く。
シラユキさん本人は喜んでくれてるみたいに見えるけど、よくわからない。
なんで私とデートしたり、一緒に寝たいって提案したりするんだろ? まぁ、別にいいんだけど。
もしかすると、前にあった私とのデート権のときに思ったけど、シラユキさんは私と四姉妹の距離が縮まるように気を遣ってくれているのかもしれない。
たしかに前回デート……というかお出かけをしたアリエルさんの新しい一面を知れたし、ちょっとくらいは仲良くなれたと思う。
やや強引な気がしないでもないけど。
そんなことを思っていると、向かい側のベッドの上からジャスミンさんが羨望の眼差しと声を発した。
「いいなぁ、ユキちゃん」
「ふふっ。そうだろう? でも、まだ明日の夜もあるからね。ボクは参加しないから、三人でまたじゃんけんをするといい」
「そっか! アタシ負けないからね!」
どうやら、明日も私と一緒に寝るじゃんけんを行うつもりらしい。
これは明日の朝にもう一部屋の鍵を返したほうが良さそうだ。他に泊まりたい人がいるかもしれないし。
ぎゅっと拳を握って笑みを見せるジャスミンさん。
その下で寝ていたアリエルさんがゆっくりとこちらに顔を向けて「おい」と不機嫌そうに言葉を挟む。
「は? お前三人っておかしいだろ」
「おかしくなんてないよ。ボクは参加しないんだから、アリエルとジャスミン、ベルで三人だろう?」
「勝手に入れんな! こんな奴と寝たいわけねぇだろ!」
「そうか。じゃあ、ジャスミンとベルの二人で決めるといい」
「当たり前だ。お前ら頭おかしいんじゃねぇのか?」
それだけ言うとアリエルさんは鼻を鳴らして、私たちに背中を向けた。
たしかにアリエルさんの反応が正しいとは思うんだけど、言い方がキツイからちょっと傷付くぞ……?
そんな次女にシラユキさんは苦笑を浮かべていた。
「だってさ。ベルも聞いてた……って、寝てるかな」
「ベル、起きてう……」
「ごめんね。明日決めればいいから、今日はもう寝よう」
「……ぅん」
「アタシも寝るね! おやすみー!」
「クロエ、ボクたちも寝よう。おいで?」
「……お、お邪魔します」
「うん、どうぞ」
奥へ入るようにと促される。
壁側で寝ろと言っているらしい。
もしかすると、妹たちと寝るときに妹が落ちないようにしていた癖が自然と出ているのかもしれない。
ここまで来てしまっては断ることもできず、私は覚悟を決めてベッドに上がる。
シラユキさんが十分に寝られるスペースがあるのを確認して寝転がった。
それから、シラユキさんも私の隣で横になる。
このベッドは普通よりは広めとはいえ、少し動くとお互いの身体に触れられるほどの距離感である。
シラユキさんもそれを感じたのか、薄っすらと微笑みながら声を潜めて私に言った。
「少し狭いかもしれないね」
「……ですね。でも温かい」
「ちょっと懐かしいよ」
「やっぱり、ジャスミンさんやベルさんと一緒に寝てたんです?」
「うん。特にベルは甘えん坊だったかな」
記憶を思い出すようにシラユキさんは目を閉じる。
それから、「そうだ」とゆっくり目を開けた。
「一つだけ、クロエに聞きたいことがあったんだった」
「なんですか?」
「その、さ。……ボク、ブスじゃないよね?」
「へ……?」
小さな声にわずかに不安が混じっていたようにも聞こえた。
もしかしたら、サーナンさんに言われた悪口をどこかでは気にしていたのかもしれない。
「そりゃもちろんです」
「ほ、本当?」
「嘘じゃないです。シラユキさんは、私が見てきた人の中でもすごく綺麗な人ですよ」
「そっか……ありがとう、クロエ」
ほっとしたようにシラユキさんは笑みをこぼし、
「おやすみ、クロエ」
「はい。おやすみなさい、シラユキさん」
シラユキさんの瞼が閉じられたのを見てから、私も眠りについたのだった。
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