116.和解……?
にべもなく気怠そうなサーナンさんの態度に、カミュさんがピシャリと言う。
「こら! サーナン、口を慎みなさい」
「いやいや、わかってますがねカミュ様」
「だったらその態度は何ですか。サンズさんのお嬢様方に失礼でしょう」
サーナンさんは私たちをそれぞれ見定めるよう眺めて、鼻を鳴らした。
「なら、カミュ様。このいいとこのお嬢様方が事件を解決してくれるってんです?」
「それは……」
「本気で解決を協力してくれるなら、カタリナ様のパーティーを向かわせてくださるんじゃないですかね?」
そう言われて、カミュさんは押し黙ってしまった
私たちのファミリアがサンズさんから今回依頼されているのは、アムレの街で起きている事件の現状の調査。そして、その内容の報告である。
解決できなくても構わない。というか、サンズさんもカタリナさんも私たちが解決できるとは思っていないだろう。
茶化しに来たと受け取られても仕方がないかもしれない。
サーナンさんの言う通り、本気でアポロンが事件の解決に動くのであればカタリナさんや、そうでなくてもギルドの上級冒険者を派遣すればいいのだ。
「……そこまでしていただくわけにはいかないでしょう。これは私たちの街の問題なのですから。気にかけていただいているだけありがたく思わなければ」
基本的にギルドのある街で事件や問題が起きたら、その街のギルドが解決することになっている。
当然だ。
そうでないのなら、ギルドがある意味が分からなくなってしまう。
だからアムレの街で起きている事件をアムレにあるギルドで解決するのが当たり前。
だって、この事件をアポロンが解決してしまえば、この街のギルドへの不信感は強くなるだろう。アポロンのギルドの支部を作ればいい、他のギルドはいらない。なんて声が出るかもしれない。
王国中に一つのギルドの支部を創るなんてことは、国は許可できないだろうし、サンズさんもおそらく望んでいない。
大きくなりすぎた組織を制御するのは簡単ではないからだ。
それがわかっているから、サンズさんも本腰を入れることはせず、あくまでお手伝い程度にとどめているのだ。
そして、それはカミュさんも、サーナンさんも理解している。
解決できないのはアポロンがカタリナさんを派遣しないからではない。自分たちが不甲斐ないからだと。
だから追い返すことはしないのだ。
カミュさんが申し訳なさそうに、私たちに頭を下げる。
「す、すみません皆さん……」
「何を謝ってるんですカミュ様」
「あなたの無礼を、ですが」
「無礼もなにもないでしょう。カタリナ様ならまだしも、こんなガキみたいな女ばっかを送って来られちゃ、仕事の邪魔でしかない」
我慢だ、我慢。
我慢するんだクロエ。
机の上にある資料をもらって、明日事件の現場を一通り見て、王都に帰還する。それで今回の依頼は終わりなのだから。
四姉妹を見ると、ベルさんは俯いて、ジャスミンさんはオロオロとし、シラユキさんは表情は冷静なままに見える。
最後にアリエルさんは……
「…………」
無言でサーナンさんを鋭く睨みつけていた。
乗り物酔いで気分が悪かったアリエルさんは、どうやら機嫌まで悪くなってしまったみたいだ。
貧乏ゆすりの速度が徐々に早くなっていく。
あっ、今舌打ちした。
キレてる……。
これ絶対キレてますね。
我慢してくださいアリエルさん、と心の中で祈るも……
……やっぱりダメでした。
バァン!
と、アリエルさんが机を思いっ切り叩いて立ち上がった。
私の隣のベルさんがビクッと肩を揺らす。
「てめぇ……さっきから黙って聞いてりゃ、好き勝手言ってくれるじゃねぇか」
「何か文句でも?」
「ねぇとでも思ってんのか?」
「さぁ~?」
手を大きく広げて肩を竦めるサーナンさん。
見ようによっては、と言うか十中八九、挑発のようなものだろう。
額に青筋を浮かべるアリエルさん。
これは殴り掛かるんじゃないなってヒヤヒヤしていると、今度はアリエルさんとサーナンさんの間に挟まれていたジャスミンさんが立ち上がった。
「あ、アタシだって! もう我慢できないもんね!」
ビシッとサーナンさんを指差して言う。
「絶対よくないよ! ベル怖がってるし、アタシもヤな感じ!」
「あぁ?」
「な、なに!? やるの!? いいよ!?」
サーナンさんに睨まれたジャスミンさんは半歩下がる。
それから、シュシュシュと空中へパンチを数回繰り返した。
さすがにこれは止めたほうがいいだろう。
「あの、お二人とも落ち着——」
落ち着いてください、という私の言葉は、シラユキさんの透き通った凛とする声にかき消された。
「アリエル、ジャスミン。落ち着いて」
「ユキちゃん!」
「シラユキ、お前は」
「わかってるさ。だけど、暴力はいけない」
シラユキさんはゆっくり立ち上がると、サーナンさんへ視線を向ける。
穏やかな口調で話しかけた。
「サーナンさん、だったかな?」
「あ? んだよ?」
「妹たちが悪かった」
「おう。わかればいいんだよ、わかれば」
「けれどね。あなたにも非はあるとボクは思う。どうだろうか」
シラユキさんだって腹が立っているはずだろうに、さすがはお姉さん。
あくまで話し合いで解決しようと語り掛ける。
だけど、サーナンさんがボソッと口にしたのは、
「うるせぇ、ブス」
「ブッ……!?」
突飛な悪口にシラユキさんは目を見開く。
きっとシラユキさんは生まれて初めて言われただろうから、衝撃がすさまじかったのだろう。
今までは我慢してきたけど、これはただ人を傷つけるだけの悪口だ。
私はサーナンさんに抗議の声を上げた。
「ちょっとサーナンさん! それは取り消してください」
「てめぇ! ブスはねぇだろ! シラユキは顔だけは良いんだから!」
「そうだよ! ユキちゃんは顔だけは良いんだから!」
あの、アリエルさんとジャスミンさん……?
それだとシラユキさんは顔だけしか取り柄がないみたいな言い方になってますよ……?
姉妹喧嘩の火種にならないかしら、と心配する。
シラユキさんをちらと見ると、何故か不敵に笑っていた。
「ふふっ、そうか。そうかそうか」
「し、シラユキさん?」
「ふふふ……そんなことを言われたのは初めてだ」
ふらふらとした足取りで、シラユキさんはサーナンさんの座っているソファへ近づいて行く。
「な、なんだよ?」
「この顔は美人だった母上に似ていると評判だったんだ」
シラユキさんは座っているサーナンさんの正面に立つと、覆いかぶさるように両手で壁ドン……いや背もたれドンをした。
左右をシラユキさんのしなやかな腕に、前方を整った顔と抜群のプロポーションに阻まれて、サーナンさんは逃げ場を失った。
「お、おい、なにを……」
「この顔をどこがブスなのか、今後の参考までに教えてくれないかな?」
「お前、離れろ!」
「ん~?」
最初こそサーナンさんはシラユキさんに抵抗しようと睨みつけていたけど、整いに整いまくっている顔をしたシラユキさんとの睨めっこは十秒ほどで終了した。
もちろん、サーナンさんの撃沈である。
「わかった! わかったからもうやめてくれ!」
「ん? 何がわかったのかな?」
「謝るから離れろ! あんたはブスじゃない! 悪かった!」
「他に謝ることがあるだろう」
「う、ぐ……」
「ん~?」
「い、一回! 離れてくれ」
「ダメだ」
やはりシラユキさんはシラユキさんで怒っていたらしい。
離れる様子はない。
と、ベルさんにちょいちょいと袖を引かれる。
「く、クロエ……ど、どうしよう……ベルにできること、ないかな……?」
「そうですね……」
ふむと考える。
このままシラユキさんに任せてもいいけど、そろそろ場を治めたほうがいいだろう。
みんな今日は遠出をしてきて疲れているだろうから、早く宿に戻って明日に備えて身体を休めてほしい。
「あ、そうだ」
「なに……?」
「ベルさん、ちょっと顔を上に向けて目を閉じてもらっていいですか?」
「へ? こ、こう……?」
ぎゅっと目をつむって上を向くベルさん。
あ、ヤバいこれ。
イケナイことを考えそうになる頭を振って、邪な考えを吹き飛ばす。
「ちょっと目元を水で濡らしますね?」
「いいけど……どう、するの?」
「私に任せてください」
カバンから水筒を取り出して、その水をベルさんの目元に少しだけかける。
よし、これで準備はできた。
「ではベルさん、いきましょうか」
「え?」
未だにサーナンさんと睨めっこをしているシラユキさんに向かって、私は聞こえるよう大きな声で言う。
「わぁ~!? ベルさん! 泣かないでください!」
すると、シラユキさんはすぐさまこちらに振り返った。
同様に、アリエルさんとジャスミンさんの視線も集まる。
「え……? ベル、泣いてない、よ……?」
と、ベルさん本人は言うが、その目元は濡れて、頬に雫が伝っている。
否定しているのが逆に強がっているようにも見えて、効果抜群だった。
「ベル、ごめんよ」
シラユキさんが駆け寄って来て、ベルさんをぎゅっと抱擁する。
「すまなかったベル。怖かったよね」
「うん……でも、シラユキ姉様が怒ってくれた、から」
「だけどボクも少し感情的になってしまった。ごめんよ」
「……うん」
末っ子の涙は長女にはよく効くようだった。
いや、次女と三女にも。
アリエルさんとジャスミンさんも大人しくソファに座って、ベルさんとシラユキさんを眺めていた。
シラユキさんとベルさんが離れると、この一連のドタバタを見守っていたカミュさんが言う。
「サーナン。あなたが謝って、それで終わりにしましょう」
「……わかりましたよ」
もうサーナンさんにも抵抗したり皮肉を言ったりする余力は残っていないらしい。
シラユキさんとの睨めっこからの、ベルさんの涙でノックアウトである。
「悪かった」
ボソボソと小さな声だったが、その声は確かに聞こえた。
「ではサーナン。その資料の説明を」
「承知しました」
その後、ソファに座り直したサーナンさんは、丁寧に持ってきた資料の説明をしてくれた。
私たちが宿に帰るころには、すっかり日は落ちて空には月が輝いていた。
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