113.アムレに到着
「着いた~!」
馬車が止まるや否や、ジャスミンさんが待ちきれないとばかりに扉を開けて飛び出した。
それに続いて私たちも御者さんにお礼を言いながら馬車を降りる。
アムレの街に着いたのは、やや太陽がてっぺんから傾き始めたころ。
当初は昼下がりの到着予定だったので1時間半ほど遅れてしまっていた。
理由としては、御者さんに問題があったわけでもなく、途中で魔物に襲われたわけでもなく、
「……アリエル、大丈夫かい?」
シラユキさんに肩を貸してもらいながら、馬車からよろよろとアムレの街に降り立ったアリエルさん。
その顔は苦痛に歪んでおり、青白い。
いつもの気が強いアリエルさんの姿は遥か遠くへ消え去ってしまっていた。
「気持ち悪い……」
「まったく。どうせ、今日が楽しみで寝不足だったんだろう?」
「そんなんじゃ、ねぇ……」
からかうようなシラユキさんへの反論にも勢いはない。
私たちが遅れた理由。
それはアリエルさんの乗り物酔いである。
出発して一時間ほどでアリエルさんの様子がおかしくなり、少しのやせ我慢があったものの、すぐに限界を迎えて、休憩をとることになった。
それからは早足だった馬車の速度も少し落としたので、到着が遅れてしまったのである。
まさか、ここまで極端に乗り物に弱いとは思わなかった。
道中、半分ほど進んだところで目を覚ましたベルさんも含めて、他の三人はまったく馬車に酔ってはいない。
久しぶりの遠出というとも多少あるだろうけど、アリエルさんだけ三半規管が弱いらしい。
「あ、アリエル姉様。ほんとに、だいじょぶ……?」
「お、おう……気にすんな、ベル……」
末の妹であるベルさんに心配されて、アリエルさんは小さく微笑んで返す。
だけど、強がっているのが丸わかりである。
今にも死にそうじゃないか……。
「クロエ。悪いんだけど、どこかで休憩しない? アリエルもこんなだし」
「オレは、らいじょうぶ、だ……」
「ボクにはそれのどこが大丈夫なのか、わからないんだけど……」
どうやら、ここでもアリエルさんの素直じゃない部分は健在らしい。
思わず苦笑してしまう。
「では、先に今日から泊まる宿に行きましょうか」
「だね。そうしてくれるかい?」
「はい。こっちです」
宿泊場所もサンズさんが手配してくれたところである。
事前に住所は聞いているので、さっそく向かおうとしたところで、
「ね、ねぇ」
とベルさんに袖を引かれた。
「どうしました、ベルさん?」
「ジャスミン姉様が、いないん……だけど……」
「え!?」
言われて、きょろきょろと周りを確認する。
ここは馬車乗り場だから、街の中心部からは少し離れている。けれど、視界の端には賑わっている通りの一角が見えていた。
視認できる範囲にはジャスミンさんの姿はどこにもない。
落ち着きのないジャスミンさんにしては静かにしてるなぁ、なんて思っていたけど、まさかいなくなっているなんて!
不安そうにしているベルさん。
それにつられるように私の心も穏やかではなくなる。(ちなみにアリエルさんはシラユキさんの肩にもたれて死んでいる)
しかし、長女のシラユキさんだけは取り乱すことなく、呆れたようにため息を吐き出した。
「まったく、あいつは……」
「ど、どうしましょう!?」
「大丈夫。そこまで遠くには行っていないはずだから」
私たちを安心させるように微笑を浮かべると、シラユキさんは小さく息を吸って、
「ジャスミン! 移動するから戻って来るんだ!」
凛と通った声を発した。
そんな風に呼びかけただけで、戻ってくるものなのだろうか?
そもそもジャスミンさんがどこにいるか、ここからでは見えなくてわからないのである。
いくら姉妹とはいえ……と私は半信半疑だったが、ベルさんは何も言わない。(アリエルさんは何も言えない状態である)
それなら、少し待ってみようかと思っていた途端。
「ごめーん!」
銀色のポニーテールを揺らして、ジャスミンさんが走り戻って来た。
本当に遠くまでは行っていなかったらしい。
ジャスミンさんは私たちの前にやって来て、頭を下げる。
「ごめんなさい、つい……」
「ジャスミン。これは遊びじゃないんだから、勝手な行動は慎むんだ」
「うん、気を付ける……」
「クロエにも、ほら」
「うん」
シラユキさんに促され、ジャスミンさんは肩を小さくしたまま私へ顔を向ける。
「クロエ、ごめんなさい」
「いえ、私はジャスミンさんに何もなければ」
「……うん、ありがと」
シラユキさんが姉としてしっかり叱ってくれたから、敢えて私から何かを言う必要はないだろう。
テンションが上がってしまうのは仕方のないことだし。目を離してしまった私にも責任がある。……あるのか?
まぁ、それは置いておいて。
全員集合となったところで、シラユキさんがわたしに言う。
「じゃあ、クロエ」
「はい」
「馬車からあっちに服屋があるのが見えたんだけど、ボクはそっちに行ってもいいかな?」
「いやいや!? 宿に行きましょうよ!」
「ははっ、冗談だよ」
さぁ行こう、とシラユキさんの言葉で、私が先頭で宿を目指して歩き始める。
王都ほどの規模ではないにしろ、大通りはやはり多くの人々で賑わっていた。
私もアムレに来たのは久々だけど、前よりも活気にあふれている気がする。
サンズさんが手配してくれた宿は、そんな大通りを歩いて10分ほどのところにあった。
綺麗な外観のわりと新しい建物だった。
見た感じでは、中の上、もしくは上の下といったところだろう。
冒険者は、雨と風が凌げてベッドがあればいいと言う人が多いので、宿泊施設は安さを求める人が多い。
そういった並の冒険者からすれば十分すぎる施設の規模である。
高級な宿で娘たちを甘やかすわけでもなく、かといって安さを求めて安全性皆無というわけにもいかず、サンズさんは中間をとったらしい。
……ちょっと高級寄りな気がしないでもないけど、それは親心なのだろう。
「思っていたよりも大きいな」
シラユキさんが外観を見て感想をつぶやく。
「お泊り楽しみだね!」
「ど、どんなお部屋なの……かな……」
妹二人は二人で手を合わせて、わくわくとしているようだった。
ちなみに、言うまでもなくアリエルさんはシラユキさんに持たれてぐったりしている。
「入りましょうか」
眺めているだけではなく、アリエルさんを早く横にしてあげたいので、声をかける。
三人はうなずいて、宿の中に入った。
アポロンのギルドと同じくらい丁寧に掃除が行き届いたエントランスホールから、ラウンジへ行って受付を行う。
美人な受付の女性から、部屋の鍵とアリエルさんの水をもらって、私たちは部屋へと移動する。
お昼と言うこともあってか、他のお客さんには出会うことなくサンズさんが手配してくれた部屋に到着した。
掃除が行き届いていた部屋に入ってまず目に映るのは、左右に一つずつ置かれた二段ベッド。それから大通りを見下ろせる大きな窓。
机や椅子もシンプルながら、柔らかい色合いのお洒落な感じで統一されていた。
部屋に入って、まずアリエルさんをベッドに寝かせてから、シラユキさんが首をかしげる。
「ねぇ、クロエ。ベッドが四つしかない気がするんだけど」
「はい、ですね」
これは決して私がいじめられているとか、床で寝るとか、そういうんじゃない。
姉妹だけの時間をとったほうがいいかなと思って、サンズさんに頼んで、私は一人部屋をお願いしていたのだ。
ここは四姉妹の部屋なので、ベッドが四つで当たり前。それで何の問題もない。
「ですねって……クロエはどこで寝るんだい?」
「あ! たしかにユキちゃんの言う通りだ!」
「クロエ、床で寝るの……? 可哀そう……」
心配してくれる三人に経緯を説明する。
「大丈夫ですよ。私は別の――」
だけど、途中でシラユキさんに言葉を遮られた。
「あ、わかったよクロエ」
「へ? わかったって、何がです……?」
「何って、この部屋にベッドが四つしかない理由だよ」
納得したようにシラユキさんが言う。
私には別に一人の部屋があるとわかってくれたのだろうか? でも、ちょっと違うような気がする。というか、全く違う気がするのはなぜだろう。
そして、やっぱり違った。
「ボクらの誰かが、クロエと一緒に寝る。そういうことだろう?」
「……はい?」
思いがけない言葉に思考が停止する。
一緒に寝る? 姉妹の誰かと? 私が?
いやいやいや!?
だから私には私の部屋があるんだって!
受付でその部屋の鍵ももらっている。
だけど、私が訂正する前に、ジャスミンさんとベルさんがシラユキさんに賛同してしまった。
「なるほど! さすがユキちゃん!」
「ははは、そうだろう?」
「シラユキ姉様、天才……っ!」
「さすがに床で寝させるわけにはいかないからね」
ふふんと自慢げなシラユキさん。
手遅れになる前に言い出さなくては、と私は三人の会話に割って入る。
「あのー、シラユキさん? えっと私はですね?」
「大丈夫さクロエ」
「え?」
「見たところ、ここのベッドはけっこう広いからね。二人くらいなら心配はないよ」
たしかに二段ベッドにしては一段が広い感じがするけど、私はそんなことの心配をしているわけじゃない。
だけど、三人は私に説明する時間を与えてくれない。
私抜きで話がどんどんと進んで行く。
「で。問題は誰がクロエと一緒に寝るのか、だけど」
シラユキさんが、ちらとジャスミンさんとベルさんを窺うような視線を向ける。
「ボクでいいんじゃないかな? ほら、ジャスミンとベルはいっぱい寝たいだろう?」
「だ、ダメダメ! アタシがみんなに迷惑をかけているんだから、ユキちゃんも一人で寝てよ! アタシがクロエと寝るから!」
「べ、ベルだって……、クロエと、寝たいもん……」
ぐぬぬ、と三人は似ている綺麗な顔を向かい合わせる。
私の目には、三人の視線が火花を散らしているように映った。
……なんでこんなことになっているんだろう。
「わかった。ここは公平にじゃんけんでどうかな?」
「うん、アタシはいいよ!」
「ベルも、異議なし……」
満場一致でじゃんけんが始まる。
三人の表情は真剣そのもので、私の指導もそのくらい真剣に取り組んでくれたら嬉しいんだけどなぁ……。
「「「じゃーんけーん!」」」
結局、私は別の部屋があると言い出すことができず、その様子をただ静かに見守ることしかできなかったのだった……。
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