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112.出発できない! 三女と四女の場合


「クロエ! クロエ! クロエ!」


 やって来たのはジャスミンさんである。

 輝くような笑顔……というか、なんか顔、額が光っている……いや、光を反射していた。


「どうして汗だくなんですか!?」

「ん~? あはは! いや、ちょっとテンション上がっちゃって家の周りを走ってて」

「これから依頼に行くのになぜ今体力を消費するんです……」

「え? あ~、たしかにね!」

「……とにかく着替えてきてください」

「おっけー!」


 アリエルさんとは真逆に素直に返事をしてくれるジャスミンさん。

 依頼とはいえ、四姉妹は遠出するのが久しぶりのようだったから、少し浮ついてしまっているのかもしれない。

 

「あ、そうだクロエ」

「はい?」

「着替えてくるから、アタシの荷物を持っててよ!」


 と言って、私の返事を聞く前にジャスミンさんは、荷物を放り投げてダイニングから去っていった。

 宙を舞う荷物がこちらへやって来る。

 

「ちょ、ちょ……え!?」


 なんとか落下地点に入って受け止めようとしたときだった。

 どうやらジャスミンさんがきちんと留め具をしていなかったようで、空中で中身が飛び出した。


「ええ!? うわぁぁ!?」


 ドサドサドサと降り注いでくる荷物たち。

 幸い、固いものや危険物が入っていなかったから大丈夫なんだけど……それでも痛い……。

 きっとジャスミンさんのことだから、留め具の確認をしなかったのだろう。


 まだ出発すらできていないのに、四姉妹に振り回されちゃっているな、と苦笑する。

 床に散らばったジャスミンさんの荷物をカバンに入れ直していると、


「クロエ、今の音は……って、大丈夫かい?」

「あはは……はい、なんとか」


 シラユキさんが戻って来た。

 装いも貴族の別荘での過ごし方、みたいなものから、シラユキさんに似合うカジュアルなロングスカートに代わっていた。

 麦わら帽子は……いいとしよう。

 戦闘では邪魔になると思うけど、今回は調査だから問題ないはず。


「それはジャスミンのかな?」

「はい。ちょっとひっくり返しちゃって」


 シラユキさんは私の隣にしゃがみ込むと、ふわりと微笑んだ。


「拾うの、ボクも手伝うよ」

「すみません、ありがとうございます」


 二人で散乱した荷物の中身を詰め込んでいると、シラユキさんが「あぁ、そうだ」と何か思い出したような声を零す。


「ベルを起こしてみたんだけど、あれは……たぶん無理かな」

「ぐっすりですか」

「ぐっすりだね」


 その一番下の妹の姿を思い出したのか。シラユキさんの口角が緩む。


「だからボクが馬車まで連れて行くよ」

「ですね。お願いします」


 アムレの街に着くまでに起きてくれれば、移動中は寝ててもらっても構わない。

 ベルさんにそう伝えている。


「でも、大丈夫ですかね?」

「ん? なにがだい?」

「馬車ってけっこう揺れると思うので、どこか痛めたりしないですかね?」

「大丈夫じゃないかな。ベルはどこでも寝られるし。まぁ、もし心配なら、ボクが膝枕でもして支えておくよ」

「なら、シラユキさんが疲れたら、私が膝枕しますね?」


 さすがにずっと一人で膝枕と言うのはしんどいだろう。

 いくら長女とはいえ、シラユキさんだけに負担を強いるわけにはいかない。


「え……いやボクはされなくても」

「へ?」


 シラユキさんが照れたように頬を少し染めて視線を逸らした。

 なにか噛み合っていないような……。


「あ、私がシラユキさんにするんじゃなくて、シラユキさんの代わりにベルさんにするってことです」

「なんだ、そういうことか」

「ややこしい言い方してすみません」

「いや、ボクのほうこそ誤解してごめんよ」


 前に一度だけ、シラユキさんに膝枕してなでなでしたことがあるので、勘違いが生まれてしまったらしい。


「でもでも、シラユキさんも膝枕してほしいときは、全然言ってくださいね!」

「……考えおくよ」

「はい!」


 シラユキさんと二人で残りの姉妹を待っていると、扉が開いてアリエルさんがやって来た。

 今度は荷物が常識的な量である。


「シラユキもいたのか」

「あぁ。その様子だと、アリエルもやり直しになったのかな?」

「まぁな。あいつがうるせぇから仕方なくな」


 やれやれ、と肩を竦めるアリエルさん。

 なんか私が悪いみたいになっているけど、気のせいかな? 


「そういや、もう馬車が来てるみたいだぞ」

「え、嘘!」

「嘘じゃねぇよ。窓から見えた」


 ジャスミンさんがまだだけど、御者さんを待たせるのも申し訳ない。

 私たちの態度が悪いと、手配をしてくれたサンズさんにも迷惑がかかってしまう。

 

「アリエルさんはジャスミンさんが来たら、先に二人で馬車に乗っていてくれますか?」

「いいけどよ、お前らは?」

「私とシラユキさんは、ベルさんを迎えに行ってきますので」

「あぁ、ベルのやつ、やっぱまだ起きてねぇのか」

「昨日も言いましたけど、アムレに着くまでは大丈夫ですから、アリエルさんも移動中は寝ててもいいですよ?」

「あっそ。ほら、さっさと行って来いよ」

「はい。ジャスミンさんのことお願いします」


 シラユキさんとダイニングを出て、ベルさんの部屋へ向かう。

 途中、ジャスミンさんとすれ違ったので、アリエルさんと一緒に馬車へ乗っておいてくださいと伝える。


 部屋のベッドでベルさんは、まるで今日は何の予定もないみたいに熟睡していた。

 すやすやと寝息を立てている。

 ベルさんは平均的な13歳よりも華奢で顔つきも幼く見えるせいもあってか、その寝顔は随分と小さな子のようで天使みたいだった。


 シラユキさんは慣れた様子でベルさんの身体の下に腕を入れると、お姫様抱っこの要領で身体を持ち上げる。


「よいしょっと」 

「重たくないです?」

「重くないよ。可愛い妹だからね」


 ウインクをして、シラユキさんはベッドの右側をあごで示す。


「クロエ、ベルのカバンはそこにあるから」

「これですか?」

「うん、それ。少し急ごうか」

「ですね」


 私とシラユキさんは急ぎ足で馬車へと向かう。

 屋敷を出るとき、ティナさんに留守をお願いして、外へ出た。

 

 シラユキさんとベルさんが馬車に乗り込むのを見ながら、御者の男性に挨拶をする。


「遅くなってしまって、すみません」

「いえいえ、構いませんよ。サンズ様にはお世話になっていますので」

「今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ。安全第一で、クロエ様とお嬢様方をアムレまでお届けいたします」


 恭しく頭を下げられたので、大変恐縮しつつ私もぺこっと会釈をして馬車に乗り込んだ。

 

 左にはシラユキさんと、膝枕されて横になって寝ているベルさん。

 右にはアリエルさんとジャスミンさんが座っていた。

 

 ご飯のときはシラユキさんとベルさんの間に座っているけど、さすがに今は無理そうだ。

 となれば、アリエルさんとジャスミンさんのところなんだけど、二人の間に座って姉妹を分断する勇気はない。特にアリエルさんは嫌がるだろうし……。


「クロエ、なに立ってるの?」


 悩んでいる私を不思議に思ったのか、ジャスミンさんが首をかしげる。


「あ、えっと」

「ほらほら。クロエはここ!」


 ジャスミンさんがバシバシと叩くのは、事もあろうかジャスミンさんとアリエルさんの間。

 アリエルさんが「はぁ?」と不機嫌そうにしているじゃないか。


「ああ? ここに座んのかよ」

「ダメなの? アーちゃん」

「こんなやつ、床にでも座らせときゃいいだろ」


 ふんっと鼻を鳴らして言うアリエルさん。

 普通にひどい。ぴえん。

 

「こらこらアリエル。そんなことを言うもんじゃないよ」

「けっ、好きにしろ」


 長女の言葉にアリエルさんは舌打ちをして、顔を背けた。


「ごめんね、クロエ」

「いえ、気にしないでください。ちょっと慣れてきましたから」


 アリエルさんよりもジャスミンさんの側に腰を下ろす。

 こうして、私たちは(一人寝てるけど)ようやく目的地であるアムレへと出発した。

お読みいただきありがとうございます。

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