111.出発できない! 長女と次女の場合
アムレへ向かう朝。
ダイニングで四姉妹を待っていると、シラユキさんが姿を現した。
「クロエ、遅くなったね」
「シラユキさん。いえ、大丈夫で――」
その格好を見て、言葉を失う。
「ん? どうかしたかい?」
「シラユキさん、その格好は……?」
「何か変かな?」
「いや、変っていうか……」
シラユキさんの格好はつばの広い大きな白い帽子、カーディガンを羽織って下はロングスカートと、まるで貴族が海岸沿いのリゾートを訪れるときのような装いである。
シラユキさんは顔が整っていてスタイルも良く、大人びていて育ちもいいヴァレル家の長女だからすごく似合っている。似合っているけど……そうじゃない。
「あの、シラユキさん。それで動き回るのは……」
「大丈夫さ。ボクはこれでも旅行には慣れているんだ」
「旅行じゃなくて調査なので、狭い場所とかも入るかもですし屈んだりとかも」
私が言うと、シラユキさんははっとした表情になる。
申し訳なさそうに頬を掻いた。
「あはは、ごめんね。そうだったね。昨日クロエが旅行気分でいいと言っていたから、つい」
「うっ……それは私が悪かったですけど……とりあえず着替えてきてもらっても」
「わかったよ。少し待っておいておくれ」
ダイニングを出ていったシラユキさんと入れ替わるようにしてやって来たのはアリエルさんだった。
「シラユキのやつ、どうしたんだ?」
「調査には適さない服装かなと思ったので着替えに行ってもらいに」
「あぁ、たしかにあれは良くないわな」
廊下ですれ違ったのだろう。
鼻で笑いながらアリエルさんがダイニングへ入ってくる。
シラユキさんの格好がおかしいと思ったのなら、アリエルさんは勘違いなどもなく普通に準備をしたのだろう。
と思ったのも束の間。
アリエルさんは超特大の大きな旅行カバンを引きずりながら持ってきたのである。
人が一人二人入っていてもおかしくないサイズだ。
「って、アリエルさん!」
「んあ? んだよ」
「いやいや!? 何ですかその荷物の量は!?」
「いや、普通だろ」
「普通じゃないですって!」
どうしてアリエルさんは平静を保っていられるのだろう……。
大きすぎてダイニングの扉にカバンだけ引っかかってしまっているじゃないか。結局、アリエルさんはカバンをダイニングへ入れるのは諦めたらしい。入り口の壁に背中でもたれ掛かった。
……二泊だと昨日伝えたはずだけど、何をそんなに持っていく必要があるのだろうか。
「誰か人でも連れていくつもりですか!?」
「んなわけねぇだろ」
「だったら何が入ってるんです?」
「いや、別に……」
「絶対いらないものがありますから、見せてください」
「それはダメだ!」
強く否定される。
「なら、口で言うだけでいいですから。何が入ってそんな大荷物になってるんですか?」
「いや、別にたいしたもんは」
「だったらいらないじゃないですか」
「いるんだよ!」
と言われても、さすがに容認できないぞ……。
何が入っていてどうして必要なのか教えてもらえないので私もうなずけない。
私とアリエルさんだけで移動するならまだしも、四姉妹と一緒だから全部で五人での移動となる。サンズさんのことだから大きめの馬車を用意してくれるとは思うけど、それでも余裕はない。
「とにかく何が入っているのか必要な理由を教えてください。さすがにその荷物は運べませんて」
「それは、そうかもしれねぇけどよ……」
「中身、見てもいいですか?」
「ダメだ」
「なら、中身を教えてください」
よくわからないけど、中身は私に絶対に見られたくないらしい。
何を持っていくつもりなんだろう。もしかして、私の悪口とか愚痴を書いた日記とか……?
「もしかして、私に見せられないようなものですか?」
「はぁ? 別にそんなんじゃねぇけど」
「え、そうですか!」
「なんで嬉しそうなんだよ……」
「え? あ、すみません」
本当に私の悪口日記が出てきたらどうしようと思っていたので心から安堵した。
四姉妹の交換クロエ悪口日記とか作られてたら、ショックで死ねる自信がある。
でも、そうじゃないのなら何が入っているんだろう?
「もうすぐ馬車も来ますから、とりあえず教えるだけ教えてください」
「わ、わかったよ……」
アリエルさんはいつもの強気な態度はどこへやら。ほっぺたをわずかに赤くさせて俯き加減でか細い声を零した。
「一回しか言わねぇから、よく聞いとけよ………………クマだよ」
「へ?」
「な、なんだよ!」
「い、いえ……」
え、クマってクマ? クマのぬいぐるみってこと?
もしかして中身は全部クマのぬいぐるみが詰まっているのだろか。業者じゃないか。
「全部ですか?」
「それは、違うけど」
「だったらどうしてそんなに」
と尋ね終わる前に、はっと思い出す。
そういえば、アリエルさんはクマのぬいぐるみを集めて部屋に飾っているのを隠してるんだっけ?
ということはこの大荷物はもしかすると。
「カモフラージュですか?」
「…………」
「そうなんですね?」
「…………そうとも言える」
図星らしい。
要するにアリエルさんはクマのぬいぐるみを持っていっていると姉妹や私に気づかれたくなくて、わざわざいらない荷物を入れて隠そうとしていたらしい。
「何を入れてるんです?」
「布団、とか」
絶対いらない!
叫びそうになるのを抑えて、一度深呼吸。
「えっと、ご姉妹にバレたくないなら、私が預かっておきましょうか? まだカバンに入りますし……」
「いいのか――じゃなくて、お前がそこまで言うのなら、考えてやってもいいけど」
「どっちでもいいんでしたら、私が預かります。ですので荷物を片付けてきてください」
「……わかったよ」
やれやれ、といった様子でアリエルさんはカバンのチャックを上げた。
なんだか私がわがままを言ったみないになっていて、ちょっと腑に落ちない……。
ジト目をアリエルさんに贈るけど、当然アリエルさんはカバンを探っていて私に背中を向けているので気づいてくれない。
というか、めちゃくちゃ奥まで手を突っ込んでるけど、本当にどれだけ物を入れてたんだ……。
呆れ半分で眺めていると、やがてアリエルさんが「あったあった」とカバンから可愛らしい手のひらサイズのぬいぐるみを取り出した。
「ほらよ」
ぶっきらぼうに言って、アリエルさんからぬいぐるみを受け取る。
「しゃーなしで持たせてやるよ」
「……ありがとうございます」
「おい、わかってんだろうな。丁重に扱えよ!」
「わかりましたから、早く準備してきてください……」
引きずるようにしてカバンを持って戻って行くアリエルさんを見送る。
「このクマ……」
よく見ると年季が入っているというか、毛並みもなんだかくたびれてしまっているし、ところどころに汚れもある。随分と昔からアリエルさんが持っていたもののようだった。
アリエルさんがあれだけ念を押して大切にしろと言っていたのもうなずけた。
間違えても壊したりしないように気をつけながら、アリエルさんから預かったぬいぐるみを自分のカバンに入れる。
次は誰が来るかなと待っているとバタン! と勢いよく扉が開かれた。