109.サンズの頼み
翌日。
王都周辺で実践の練習を行って日が暮れ始めた帰り道。
お屋敷へ戻る四姉妹と別れて、私はサンズさんを尋ねるためギルド・アポロンを訪れた。
依頼帰りの冒険者たちで賑わっている酒場を横目に見ながら、受付へ向かう。
「ファミリア・クローバーズのクロエです。マスターに呼ばれているのですが、面会できますか?」
「クロエさんですね。マスターより伺っております。お部屋にいらっしゃると思いますので、どうぞ」
「ありがとうございます」
受付の女性にお礼を言って、階段を上がって二階へ。
廊下を歩いてサンズさんの部屋を目指す。
今はファミリアのマスターなのだから、私がアポロンの中を歩いていてもおかしくはない。だけど、どうしてもこの廊下に来ると、ジャスミンさん事件を思い出してしまう。
……今日の呼び出しが悪いことじゃありませんように。
少しだけ胃が痛くなるのを感じながら、マスターの部屋の前にやって来る。
「マスター。クローバーズのクロエです」
「入ってくれ」
「失礼します」
部屋に入ると、執務机に座っているサンズさんが出迎えてくれる。
カタリナさんも一緒かと思ったけど、どうやらサンズさん一人らしい。
「お疲れ様、クロエ君。今日も娘たちの指導のあとかな?」
「はい。王都の周辺でモンスターと実践を行っていました」
「そうかそうか、実践をね。首尾はどうだい?」
「四人とも私の想定よりも早く成長なされています。やはり、もっているものが良いので」
「ははは、それはそうだろう」
当たり前じゃないか、とサンズさんが笑う。
「このまま人間としても成長してくれたら、私としては大変嬉しいんだけどね」
「が、がんばります」
とは言ったものの、人間としての成長って私にできるのかな……。
冒険者としての経験や実力は私のほうが現時点では上だから教えられることはたくさんある。だけど人間として、となると、私も四姉妹も大して変わらないのだ。
サンズさんから見たら、私も四姉妹も小娘だろう。
「あぁ、すまない。立ち話もなんだから、座ってくれ。本題に入ろう」
「失礼します」
サンズさんに促されてソファに腰を掛ける。
サンズさんも執務机から立ち上がり、私の正面のソファに移動した。
「さて、カタリナに頼んで今日来てもらった理由なんだが」
「は、はい……」
ごくりとつばを飲みこむ。
ふと、アリエルさんの「クビじゃなきゃいいけど」という言葉を思い出した。
「そんなに構えなくていいよ」
「え? あ、すみません」
「いや、いい。悪いことではないから」
「よかった……」
ほっと胸を撫で下ろす。
カタリナさんもそう言っていたけど、やはり本人に言われると安堵感が違う。
「クロエ君個人というよりは、君たちに頼みたいことがあってね」
「たち……?」
「君たちのファミリアに」
私たちのファミリアに頼みたいことがある。
それは要するに。
「つまり、私たちのファミリアに依頼、ということですか?」
「話が早くて助かるね。その通りだ」
「えっと、具体的な内容を聞いても……」
「もちろん」
ギルドから依頼を頼まれた、ということは、ある程度の信頼を得ていると考えていいのだろう。
それは素直に嬉しい。四姉妹の頑張りが認められているということである。
ただモンスターを倒すだけとは違って、依頼というのは責任が発生する。
誰かの頼みを代わりに行うのだから、失敗すれば迷惑がかかるのだ。その責任を感じるには、やはり実際に依頼を受けてみたないとわからない。
ちょうど、アリエルさんに話したように依頼を受けて遠出をしようと考えていたのでタイミングとしては悪くない。きっと私たちに与えられる依頼は難しくなないと思うし。
けれど自分たちで選ぶ依頼と、ギルドから直接お願いされる依頼ではその責任の重さが違う。
ギルド自体に依頼主が依頼を出したということなので、失敗すればギルドの顔に泥を塗ることになる。そう言う意味では失敗が許されないものも多いのだ。
だからこそ、内容によっては断ったほうがいいかもしれない。
判断するために、サンズさんの言葉に耳を傾ける。
「クロエ君はアムレという街を知っているかな?」
「南の街道沿いにある街ですよね?」
「あぁ、そこだ。クロエ君なら知っているかもしれないが、そこで幼い少女が攫われるという事件が続けて発生していてね」
知らなかった。
離れた場所とはいえ、最近は忙しかったら世間の噂やら時事を気にする暇があまりなかったのだ。
「その調査を君たちに頼めないかと」
「調査ですか?」
「そう、調査。先方の話だと、アムレの連中で解決したいらしいから、我々に依頼してきたのはあくまでも調査だ。何か証拠や気づいたことがあれば教えてほしいと」
「なるほど……でも、それ私たちでいいんですか?」
話を聞いていると、依頼人は個人というよりはアムレの街の自治機関や警備機関などの可能性が高い。
いくら調査とは言えど、そんな重大な依頼を私たちのような新しいファミリアに任せてもいいのだろうか。
「むしろ君たちのほうがいいかもしれない」
「それは、どういう……?」
「実は何度か派遣して調査をしているんだけど、まったく成果が上がらなくてね」
「え、そうなんですか?」
「だから次は君たちのような若い人たちに見てもらおうかなと。もしかしたら何か気づくかもしれないからね」
このまま続けていても進展しそうにないから、一度目線を変えてみようということらしい。
「君たちも気負う必要は全くない。そのときはアムレに旅行に行ったとでも思ってくれたらいい」
「いや、さすがにそれは……」
「もちろん、解決してくれても構わないがね。どうだろう?」
たしかに盗賊団を一掃したり、モンスターを倒したりといった依頼に比べたら難易度が下がるだろう。
失敗してもリスクはない。
遠出にもなるし、これ以上ないくらい最初の依頼としてピッタリである。
おそらく、サンズさんも娘たちの最初に依頼を何にしようかと考えてくれていたのだろう。
「わかりました。謹んでお受けいたします」
「そう言ってくれると思っていたよ。先方には私から連絡しておくから、明日の朝のうちに建てるかい?」
「はい、問題ありません」
「ではよろしく頼む」
明日の朝に出発となると、アムレにはお昼過ぎくらいには到着できるだろう。
ベルさんが起きられるか微妙だけど、ダメそうなら馬車の中に運んで、そこで寝てもらおう……。
四姉妹に報告するため、私はギルドをあとにしてお屋敷へ帰るのだった。