108.カタリナの伝言
ベルさんのお土産になる本を買うため、私とアリエルさんはメリダの書店へやって来た。
「やっほーメリダ」
「あらクロエ。いらっしゃい」
いつも通りと言えば怒られてしまうけど、店内は閑散としている。
メリダは私の隣にいるアリエルさんを見て「え!」と声を零した。
「ね、ねぇクロエ。もしかして」
「え? うん、そうだよ」
メリダには以前、私がヴァレル家に雇われて魔法の指導をしていると伝えている。そして、その相手が一人ではなく四人で、四姉妹であるとも。
ベルさんを連れてきたことがあるので、アリエルさんを見て髪の色で姉妹だと理解したのだろう。雰囲気も似ているし。
「そ、そっか。成長期だものね」
「ん? どういうこと?」
「ベルちゃんでしょう? すっごく大きくなったわねぇ」
「いやいや違うよ!?」
アリエルさんを成長したベルさんだと勘違いしていたらしい。
二人は15センチほど身長が違う。さすがに一か月弱で成長しすぎだろう。子猫じゃないのだ。
「前に四姉妹だって話したでしょ?」
「あ、あぁ、そういえば」
「次女のアリエルさん」
「そうだったの……ごめんなさい、このお店の店主をしていますメリダです」
アリエルさんに謝罪をして
「今日はどうしたの?」
「アリエルさんとお出かけをしてて、他の姉妹のみなさんにお土産を探してるの」
「あぁ、それでベルちゃんのお土産をうちで、というわけね?」
「そうそう。さすがメリダ、話が早い」
「他の子たちのは、大通りで?」
「うん。雑貨店でいいのがあったから」
「そう」
メリダは営業スマイルに重ねて柔らかく慈愛に満ちた微笑みを浮かべて、アリエルさんの肩に手をポンと置いた。
「あの子とお土産探しなんて、苦労したでしょう?」
「……まぁ」
「え? 二人ともどういうこと?」
「なんでもないわ、クロエ」
「う、うん……?」
納得がいかない気がしないでもない……。
けれど二人からそれ以上何かを言われることはなく、私とアリエルさんはベルさんの本を選んでお店をあとにした。
途中でカイルさんのところでアリエルさんの剣を頼んでお屋敷への帰路に就く。
これからの時間は依頼から帰ってきた冒険者たちが酒場で盛り上がるタイミングになる。今日のアリエルさんの格好だと変に絡まれてしまうかもしれないので、早急に帰ろう。
大通りから住宅街へ向かっていると、
「おや、クロエじゃないですか。奇遇ですね」
「カタリナさん」
夕暮れに映える綺麗な赤い髪を揺らすカタリナさんに声をかけられた。
私の隣でぎょっとしているアリエルさんに笑みを浮かべる。
「アリエルお嬢様もお元気そうで」
「お、おう」
「お召し物、大変似合っておられますよ」
「~ッ!」
今日何度目かという賛辞を受けても、未だにアリエルさんは慣れないらしい。
幼いころからの顔見知りであるカタリナさんに見られたということも相まってか、夕日のせいだと言い訳できないくらいに頬を染めていた。
そういえば、とアリエルさんに「可愛いって言うな!」と怒鳴られたことを思い出す。
シラユキさんが甘え慣れていないように、アリエルさんは可愛いと褒められるのに耐性がないのかもしれない。
「先ほどお屋敷へお伺いしたのですが、今日はお休みだったらしいですね」
「はい。最近は王都の外でモンスターを倒していたので精神的にも疲れもあるかなと思いまして」
「なるほど。適度な休息は必要ですからね」
納得した様子を見せるカタリナさん。
よかった……。
サボってるんじゃないですか? なんて言われるかと思ってヒヤヒヤした。休むことも指導の一環として理解してくれているみたいだ。
私とアリエルさんとを見比べて、カタリナさんが首をかしげる。
「それで今日はデートに?」
「でっ、デートじゃねぇよ!」
「ですが、シラユキ様たちはクロエとアリエル様はデートに出かけていると」
「あいつら……! とにかく誤解だ! 違う!」
「では逢引きでしょうか?」
「同じだろうが!」
ムキになって言い返すアリエルさん。
そんなに強く否定されるとちょっと傷付くぞ……?
……そういえば、カタリナさんはお屋敷へ行ったと言っていたけど、何の用事だったんだろう。
急いでいる様子はないから、私たちに急な依頼ってわけではなさそうだけど。
「あの、カタリナさん。さっきお屋敷へ伺ったと言っていましたけど」
「そうでした。クロエにマスターから伝言がありまして」
「え! サンズさんからですか!?」
「はい。ティナに言伝を頼んでいたのですが、会えたので話しておきますね」
ご、ごくり……。
伝言って、なんだろう?
「マスターから話があるので、明日ギルドへ顔を出してほしいと」
「わ、わかりました……えっと、いつ頃行けば……?」
「いつでも構わないそうです。明日は一日ギルドにいるそうなので」
サンズさん直々に呼び出しって、いったい何の用件で……?
ファミリアのマスターとして至らないところがあったのか、それとも娘さんたちの指導で至らないところがあったのか。わからないけど不安が募る。
顔に心情が滲んでいたのか、カタリナさんが苦笑を浮かべた。
「心配しなくても悪い話ではありませんよ」
「そ、そうですか?」
「ええ。では、私はこれで」
私に軽く会釈をして、続いてアリエルさんに挨拶をする。
「アリエルお嬢様もまた」
「おう」
「あ、そうです。私でよろしければ剣の相手をまたいつでもしますので、お声がけください。では」
カタリナさんはすらっと背筋が伸びた美しい歩き姿でギルドのほうへ歩いて行った。
その姿が完全に見えなくなると、ポツリとアリエルさんが言う。
「……お前、何かやらかしたのか?」
「え!? いやいや、悪いことじゃないってカタリナさん言ってたじゃないですか!」
「はっ、どうだかな。クビじゃなけりゃあいいけど」
「なんでそんなこと言うんですか!?」
その言い方だと、私のクビを望んでいるみたいじゃないか。
いや、待てよ?
クビじゃなければいいけど、って言った……?
今までのアリエルさんなら、きっと「クビになればいいのに」とか「クビじゃねぇか?」って言っていたはずだ。
微妙な違いに思えるけど、けっこう違うと思う。
言い方はぶっきらぼうだけど、「クビにならなかったらいいよね」と私にクビになってほしくないと言っているようなものじゃないか!
ふふっ、そっかそっか。
アリエルさんめ~、素直じゃないんだからぁ~。
「おい、帰ろうぜ――って、何だよ気持ち悪い!?」
「え?」
「何ニヤニヤしてんだよ!」
「してませんよ?」
「してるじゃねぇか、気色が悪い!」
いくらアリエルさんに暴言を吐かれても罵られても、ちょっとすぐには頬の緩みを抑えられそうにない。
道中、何度もアリエルさんに「きしょい!」と言われながら、私たちはお屋敷へ戻ったのだった。